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コミュニケーション、はるか昔

‘ ネアンデルタール人は、やっぱり‥‥’
コミュニ080512
Estoy pensando que los hombres de Neanderthal podian estar feliz, al leer los informaciones sobre ellos. Me imagino que quizas no se hubieran comunicado por muchas palabras sino por las expresiones de accion.
Entonces en una manera, ellos pudieran hacer comunicacion mas humana que Homo sapienses de ahora? Ellos tenian mas tiempo libre por lo menos que tenemos de ahora.
Ah, es dificil de explicaros este tema para mi.


ネアンデルタール人は、やっぱり幸福だったのかも‥‥。
人と人のコミュケーションのことを、ちょっと考えてました。

外国人の友達と、とても暖かい関係が築けたのは、お互いの言葉が完璧じゃなかったのもひとつあるのかな。本来の相性が偶然よかっただけでしょ、と言われればもちろんそうなのかもしれないけど、言葉が完璧じゃないがゆえ、お互いの共通認識が「完璧にわからなくてもOK、時間をかけてOK。」となると、こうも暖かい気持ちになれるものなのかなと、この春ちょっとそう思ったのでした。
じゃあ、ふだんスムーズな言葉でやりとりしている相手にも、こういう気持ちで接すれば、もっとうまくいくんじゃないだろうか、とか、考えてみる。
でも、考えてみると、もうすでにある共通認識を覆すのはなかなかむずかしいとも思う。完璧にわからなくても時間をかけてもOK、って、結局それが許せるってことだものね。これを寛容だとか愛だとかいっちゃうと立派すぎて実現しなさそうだけど、「急がない」ならなんとなく実現しやすそうなのに、現代の生活はとても高速で流れているので、ふだんはそんな悠長なこと言ってられないだろうし、このへんが現代人の不幸なのかもしれず。

はるか昔、ネアンデルタール人は、言葉でのコミュケーションが人間のように緻密にはできなかったらしいと聞いてます。声紋のところが発達してなくて、音色のこまやかな変化による伝達は無理だったとか。でも、そしたら却って濃いコミュニケーションがあったんじゃないかな?などと、万年単位の昔を想像します。(でも、言葉でのコミュニケーションがうまくできなかった結果、滅びてしまったらしいんだけどね。(^_^;)

そして、話はそれるけど、ネアンデルタール人といえばこの春、脳科学者の池谷裕二さんがおっしゃっていたのだけど、人間は脳を大きくしすぎたせいで、自分の生命の危険の回避よりも論理のほうを優先することができうる動物になったんだって。(くわしくはリンクを読んでね。おもしろいよ。)
で、ネアンデルタール人あたりが、論理と直感それぞれをつかさどる部分に大きな差がないレベルだったんじゃないかというんですね。これを思い出して、ますますネアンデルタール人は幸せな人類だったのかも‥‥と思ったわけです。

でも、もうネアンデルタール人には戻らないし。
コミュニケーション下手の自分と、周りの関係など思ってたら、すごい昔のものまで出てきて、収拾つかなくなっちゃいました。(^_^) とりあえず今は勇気と寛容さ、あとこまめさが必要なんでしょう。言うはやすし、だなぁ。

| 日記・つぶやき diario | 20:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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微妙な量

‘パエリャ’
パエリャ080504
Hice el plato de paella por utilizar azafran que una amiga me regalo.
No se cuanto cantidad de azafran se necesita por una vez.
El plato ha resultado un poco de falta de azafran.

ちょっとここのところ、体調を崩してまして(もうたいしたことないのでご心配なく)おとなしくしてます。ああ、陶芸教室に行きたかったな。今回は絵付けの下描きまで用意していたというのに。(いつもは下絵もないんかい、ってつっこまれそうだけど)
そんなワケで、撮った写真も今はあまりなく、でもなぜか晩ご飯料理の写真だけはいろいろあるので、ちょっと載せますね。
これは連休中に作ったパエリャ。4月に友達からいただいたサフランを使ってみました。でも、いつもはサフランライスの素など、安いものを使ってごまかしてもちゃんとそれなりのものができあがるので、高価で使い慣れないホンモノを、どのくらい使ったらいいのかわからない。なんたって、グラムで計れるほど使うことができない大変な軽いものだし。適当にぬるま湯で色を抽出してみたんだけど、結果はちょっと足りなかった。
うーん、小さじ1/8くらいかなあ。少なめに3本指ひとつまみかなあ。
でも、味と炊き上がりはバッチリだったよ。この微妙さを忘れないうちにもう一度作るべきだね。

| クッキング mi cocina | 17:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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映画「少林少女」

‘柏餅’ …は端午の節句だったからね。
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El 5 de mayo es el dia de la fiesta para nin~os (Tango no sekku) .
Tome un Kashiwa-mochi aunque no estan nin~os alrededor de mi.(^_^)


少林蹴球(サッカー)、カンフーハッスルを見た者としては、正直退屈だったですね。監督も俳優もちがうのはわかってたし、べつにそれらと同じものを過剰に期待していたわけでもないんだけど、なんだか全てにおいて中途半端な感じがして。
せめて少林拳か、ラクロスか、どっちかに的を絞ってほしかったなー。どっちみち、現実にはありえない話なら、もっと非現実的なおもしろさがあってもいいのに、はじけ方が足りないです。スポ根につきものの仲間意識、ああいうスタイル、いらないと思う。
ただ、柴咲コウはテレビドラマよりかわいく撮られていてがんばってたのと、仲村トオルは敵対する役で重要なポジションなので、ファンの人は見る価値ありかも。

| 映画 peliculas | 21:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「枯れ専」って

‘オダマキ’ 渋い花は好き。
オダマキ080501
La flor de odamaki
Estoy pensando que hare motivo esta flor para mis obras de ceramica, o algun disen~o grafico.

最近、50〜60代の男性が、恋愛の対象として30代くらいの女性から注目されているらしい。枯れた人を専門にターゲットにすること、またはその女性を「枯れ専」っていうんだって。カレセンって雑誌まであるって(まだ書店でみつけてないけど)、それにはちょっとびっくり。
でも、その年齢なら誰でもって意味じゃなく、1人でいることをもてあまさず、前向きに活動しているけれどギラギラしておらず、自分の年齢をちゃんと受け入れていて若ぶったりせず、金や女性を深追いしない人らしいです。つまり、そういう穏やかな男性に癒されたいという女性の願望が生んだ言葉らしい。
癒されるかもしれないけど、ギラギラしたところの一つもなくて、現実的に恋愛に発展できるもんだろーか、とか、加齢臭があったらどうしたらいいの、とれないの?とか、この言葉を教えてくれたseiさんと思わず盛り上がってしまいましたが、この言葉もある意味、多くはファンタジーなんでしょうか。(^_^;)
それにしても、「専」の字をつけられると、「枯れ」ありきみたいで、なんだかマニアっぽいな。わたし自身は何専でもないと思ってるけど、つい萌えてしまうポイントというのはあります。外見じゃない部分だけど。

追記:
カレセンって、雑誌じゃなかったわ。本です。本屋にあったので、ついパラパラと立ち読みしてしまったよ。(^_^;)
そしたら「カレセン課題図書」とか「おすすめCD」みたいなコーナーにわりとページを割かれており、その中には「コレ、読んだなあ」っていうのとか、「コレ,聴いてみたいな」っていうCDも含まれてて、ちょっと面白かったのでした。もはやわたし自身が枯れとんのかもしれず。こうの史代さんの「さんさん録」があったのには、「おお、こんなところに紹介が!」って驚きました。そっかー、あれ、この分野にヒットする内容なんだねぇ。

| 日記・つぶやき diario | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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墓場鬼太郎のセンス

‘墓場鬼太郎’ (手本見ながら、下絵なしで)意外と描けるね。
kitarou080430
Ahora se televisa el anime de 'Hakaba-Kitarou'(Kitarou del cementerio) .
Kitarou es un nin~o de fantasma y muchos fantasmas o monstruos aparecen en la historia. Nos da un poco de miedo, sera un anime para adulto.
Creo que tiene mucho sentido de la expresion.
Ya he acostumbrado a ver estos dibujos, ahora siento kawaii(bonito) este caracter. Me gusta este opening tema por la imagen y la musica.

フジテレビでは、もうとっくに終わったであろうアニメ「墓場鬼太郎」が、ここ広島tssでは4月から始まっています。遅れてはいるけど、放送があるだけまだいいとしよう。「ノイタミナ枠」のアニメは、こちらでは放送してくれないものもあるので。
大好きなのが、これのオープニング。電気グルーヴのテクノポップスと、昔より洗練された絵と、手書き風のちょっとなつかしい感じのロゴに、ふきだしがリズム(鼓動のテンポ)にあわせてふくらむ動き、すべて合わせてセンスがいい。テレビ見ながら踊っちゃう。
墓場鬼太郎opening -YouTube

はじめホームページを見て、鬼太郎のキャラクターは以前のアニメより表情が凶悪になったなあと思ったけど、フォルムはかわいらしくなってるね。あいかわらずの声、しゃべり方とも合ってて、とてもカワイイです、鬼太郎。
予算なのか、時間のせいなのか、お話中の動き(コマの数)は少ないと思うけど、絵に手描きの水彩のような味があって、その一因に、デジタルでテクスチャを作ったレイヤーを
乗せているように見受けられ、よく工夫されていると思います。それにしても、微妙な濃淡の部分をどう動かしているのやら。
深夜だし、もちろん大人の楽しみのために作られていると思う。わたしが子供のころは、まだ大人のためのアニメという概念はなかったように思いますが、こういうセンスのいいものを見せてくれると、日本のアニメの進歩具合ってやっぱりすごいんだなーとか、勝手に思いながら見ています。

| 日記・つぶやき diario | 01:50 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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