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近況報告

‘夏の花’
夏の花2018
Ya he terminado dibujar comics. He tenido muchas cosas dentro de ese 1mes.

前回、ブログに書き込みをしてから1ヶ月以上が経ちました。こんなに放っておいたのは初めてでしたが、漫画原稿を描いていて、他のことをする余裕がなかったので仕方なかったです。締め切り日を勘違いしていたわたしが悪いんですが、結果、よいタイミングで本当の締め切り日を知り、エンジンをかけて完走できたような気もします。
そう。今日、やっと原稿が完成して、主宰者の友人に送ったのでした。いまは、たくさん寝たいです。


それにしても、このひと月はいろいろあったな。
◆6月はじめ、会社の表側の壁に、初めてツバメが巣をつくり、ヒナが生まれる。

◆本格的に原稿を描き始める。

◆ツバメの巣が、何者かに壊されて落とされる。
なぜか、会社の近所の人は、わたしたち従業員がやったと思ったようだ。えん罪だよ。
しかも、親ツバメが、普段は止まらない低さの窓際の桟に留まり、こっち向いて
チーチー鳴くんですよ。「どうしたのこれ!なんで?」って感じでね。
いやいや、わたしたちじゃないですよ。犯人は。
切ない。

◆酷い口内炎が2箇所でき、ごはんが食べられなくなる。
口中入口左に直径5ミリくらいの傷、舌の奥の右側にも傷ができ、
痛くて食べ物を口の奥に送れない。よって、左右どちらも痛みから逃れられない。
炒めたズッキーニの細切りの角っこも、パンの耳でも痛い。
つくづく、食べる=痛みになるのはキツイと思った。
しばらく、おかゆ、とろろ、卵豆腐の生活。

◆そして、口内炎も治り、原稿が最後の佳境に入ったところで、西日本豪雨災害。
6日金曜日の夕方、乗ったバスが、増水した太田川放水路上で
信号待ちをしているとき、ちょっと心細い気持ちになった。
でも、自分はそのくらいのことだった。

◆7日、実家に電話すると、携帯がつながらず、固定電話で会話。
呉市は断水だったけど、実家は地下水を汲み上げていたので、
年老いた母は遠い給水所に行かなくて済んだ。

◆週明け、広島市もスーパーからパン、牛乳、豆腐などが消えるようになった。
それとともに、どんどん、被害が明るみになり、JR線が動かず、道路
が通行止めになっているのがわかって、びっくりした。

◆あれから一週間経った今では、自分のまわりはすっかり戻っている。
ニュースで見ると、道路も一時よりよくなっているが、まだまだ。
被災している方々は避難したままだし、不明者もまだ全部は
みつかってないし。

◆一時は、実家が困っているならフェリーを使ってでも、食べ物を
届けるべきかな、とまで考えたけど、運良く、そんなに困ってなかった。
実家に帰ってみたいけど、JRもクレアラインも頼れない今は、
ちょっと時間がかかりすぎる。
いつも実家近くの美容院で髪を切っているし、今月行く予定なんだけど、
断水の今は営業できていないだろうな。

改めて被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
早く、みつかるべき方々がみつかり、避難が解除になり、
交通事情が復帰して、落ち着いた生活になることを願っています。

| 日記・つぶやき diario | 23:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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呉にて

‘蔵本通りの緑’ 奥に見えているのが市役所
蔵本通りの緑2018
La avenida de Kuramoto, en la ciudad Kure


この週末は、梅雨入りまで秒読みだったので、急に思い立ち、呉に行くことにしました。
この夏に友人が出す同人誌に寄稿するため、亀の歩みではありますが、具体的にだんだん固めているところです。
その中で、戦中の本通国民学校(今の本通小学校)がどんな感じだったかを知りたくなったので、呉市立中央図書館に行ってみました。


‘蔵本通りの噴水’ 暑くなってたので目に涼しかった。
蔵本通りの噴水2018


‘堺橋の欄干の窓に切り取られた堺川’ 市の花は椿ですからね。
北側も覗いてみれば良かったな。
堺橋から切り取られる川2018
Se ve el rio de Sakai-gawa en la barandilla del puente de Sakai-bashi. Camelia es la flor simbolica de Kure.


さすがは地元なので、ちゃんとありました。百年記念誌が昭和57年に刊行されていたので、それを開くと、戦前の建物が載っていました。さらに嬉しかったのは、昭和12年当時の、学区内の地図が封書で付録されていたこと。今とは道が少し違っていて、きっと、この道は終戦まで大きく変わっていなかっただろうと思います。
そして、地図にはかなり詳細に家の名字や商店名が記されており、なんと、ちゃんと母の生家も記されていました。これは予想していなかったのですが、けっこう感動するものですね。「ひとりファミリーヒストリー」みたいです。
ぜひにと思い、他の資料とともにコピーしてもらい、呉から実家に向かって、母に見せました。

‘昭和12年の学区の地図(部分)’ 
地図-昭和12年


母に確認することがいくつかあったので、地図や学校の写真も見せながら、確認していきました。
母の生家については、以前、このへんだろうという確認をしましたが、今回の地図とはなんとなく印象がちがうので、もしかしたら、確認した場所とはずれているかもしれません。
ほかに質問したことは大体わかったけど、さて…、これをどう表現しようかな…というところです。
こうやってブログに書いてプレッシャーをかけているけど、がんばって完走できるのでしょうか。


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ディルの成長

‘人の背丈にも伸びたディル’
ディル120180602-1
Los eneldos crecen mucho. Ya me alcanzan en altura.

4月半ばには、背丈がせいぜい30センチくらいだったディルですが、その後、1日ごとに数センチ伸びて、今では人の背丈くらいになっています。成長を止めて寒さに耐えていた冬のことを思い出すと、ちょっと感慨深いです。
5月半ばから花もつきましたが、あっという間に背丈が支柱を追い越してしまい、気づけばてっぺんの花の部分が折れてしまっていました。あわてて、90センチの支柱を180センチのものに替え様子を見ています。たぶん、いま以上はそこまで大きくならないのではないかな。そのかわり、今までは見られなかった脇芽が出てきて、そこにも花芽がついています。
ディルは、バジルなどとは違って、上を摘んでしまうと脇から成長しないと聞いていたので、これまでは折らないように気をつけていました。だから折れた時には、まずいと思いましたが、脇からも芽は出るんですね。背丈が小さいときは、脇から出る気配はぜんぜんありませんでした。1メートルくらいになって以降かな…。折ってしまったから出やすくなったんでしょうけど。
育ててみてわかりましたが、ディルを弱めずに葉を収穫することを考えると、思ったより、一株から収穫できる量はそう多くないです。ただ、ハーブは、1度に量は要らないので、最終的に3鉢残ったことは遠慮せずに摘める、よい量であったとも思います。

徐々に、料理にに使って楽しんでいます。
サラダはもちろん、魚料理や、オムレツにすごく合うので、ぜひやりたいです。


‘おもしろい形なんだけど、うまく撮れない’ たくさん撮ったけど、画にならない。
ディル20180602-2

‘花火のように、放射状の花’
ほんとは、こういう植物は、野に置いてこそのような気がします。
ディル20180602-3

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生きがいとか、生きづらさとか

‘芳しいクスノキの花’ 甘く爽快な香りが初夏の訪れを告げる
クスノキの花2018
El olor de las flores de alcanforero nos anuncian el comienzo de verano. Eso es dulce y fresco.


今月のEテレ「100分de名著」は「生きがいについて」(神谷美恵子著)。
このタイトルを見たときは、あまり見たいテーマではないような気がしました。
「生きがい」があったに越したことはないでしょうが、自分自身は人に語れるようなたいしたものを持ってもいない。そもそも、わたしの生きがいはこれですと、堂々と言える人ってそんなにたくさんいるんですかね。
さらに、人から語られても困ってしまいそうな、重たそうな「生きがい」。

それでも、とりあえず第1回を見てみると、
「これはちょっと思ってたのと違う。フランクルに近い部分がある。」
と思い直し、テキストを読んでみようと思いました。
どうやら、例えば「この子(または仕事)はわたしの生きがいだ。」とかいう意味だけではないらしい。
大切なものを失ったり、悲しみに打ちのめされるときに、自分を自然の一部として包まれていると感じられる力とでもいうのか、そういう、もっと感覚的なことを「生きがい感」と呼んでいました。そういう感覚のほうが興味あります。

まだテキストも読み進んでいないので、どういう感じで進むか、これから見てみようと思いますが、今はさわり部分から思ったことだけ記します。

フランクルと共通するものがあると思ったのは当然で、著者はその影響を受けていたようです。精神科医ですしね。
彼の著書「夜と霧」の中で、明日の命もわからない、理不尽に希望をことごとく奪われた人たちが、ある日非常に美しい夕焼けが出たとき、なけなしの夕食そっちのけにしてまで、それに見とれていたお話がありました。
普段は忘れがちですが、そういう気持ちを持てることは、絶望の中にあって特に大事なんだろうなと思います。
そう思うと、こどもの時に、自然に慣れ親しんでおくことがなぜ大事なのかは明白だと思いました。ツバメを可愛いと思ったり、花の芽を観察したり、星空を見て宇宙のことを思ったりすることは、考えているよりずっと人間を助けているのではないかな。


‘光を浴びるサツキ’
スポットライトみたいに、ここだけ照らし出されていたので撮った。
サツキ2018-1
Azalea florecida



話は変わりますが、朝ドラ「カーネーション」が、ただいま再放送中です(大相撲中は休止。相撲が終わったら再開します)。
もう次にこのレベルの作品にはそうそうお目にかかれないかもしれないという、改めてすごい作品だなと思うのですが、初回放送当時、脚本の渡辺あやさんのインタビューのことばで、とても印象的なものがあったな…と、メモを見て思い出しました。

>不幸や不条理なことに立ち向かうには 
>すごく地味なことをコツコツやっていくしかない、という感じがしませんか。
>あるところに大きな救いがあって そこに自分も回収される、というのは
>絶対うさんくさいし、本物じゃない。
>小さくて地味で、一見、『これかよ』みたいなこと。

これを読んだ時は、個人的に停滞していた時期だったこともあり、なんだかすごく慰められたものです。小さくてもいいのか。できることをやろうと思った記憶があります。ごはんをちゃんと作って食べるとか、習いものに休まず行くとかでもいいよね。
小さくても、積み重ねて行った自分の事実は信じられる。結局、自ら続けてやったものだけが、ちゃんと力になるんですよね。直接自分を救ってくれるのは、他人の言葉とかじゃなくて、そういうことだと思います。
 

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ディルの成長

ディルは、洋風サラダなどを作る際によく使うハーブなのですが、近所では売られていない店もあります。パスタによく使うバジルなどより、メジャーではないようです。昨年は欲しい時に手に入らなかったことが多かったので、昨秋、思いついて自宅のベランダで育ててみようと思いました。
…しかし、思いついてから実際に種が手に入るまでに少し時間がかかり、やっと植えたのが11月の後半でした。
洗濯を干したら雨が…、なんていうことがよく起こるように、わたしが種を植えたとたんに冬到来。それから少しも小春日和らしい日がないまま、それでも、ディルは10日ほどして芽生えてきました。


‘1月中旬のディル’
ディル1月
Este énero, las brotes de eneldos que sembré en el noviembre pasado aguantaban frio.

芽生えたものの、この大きさのまま1月に突入しました。これはまだ緑色ですが、この後強い寒波がやってきて、2月から3月初めまで、かなり辛い環境に晒してしまいました。この間、ディルは成長を止めてガマンしていたように見えます。透明のポリ袋をかぶせていた時期もあったけど、部屋に入れたのは1回だけで、ずっと外気に晒していたせいで、いつのまにか葉の色は茶紫色になっていました。よく、人参の葉でそういうのをみかけますが、あれって寒さに耐えた色なのかもしれないですね。水やりは控えめにしていたけど、寒い中、成長していないのを確認しては空しい気持ちになりました。11月に植えるくらいなら、3月に植えたほうが、ディルは苦しまなくてよかったし、冬中心配することもなかったですからね。


‘3月のディル’
ディル3月
En marzo, empezaron a tener hojas nuevas por fin!

3月上旬の寒波を過ぎると、やっと新しい芽を出し始めて、ほっとしました。おそらく、この時期に蒔いても、すぐにこれに追いついたとは思いますが、まあ、あれだけのストレスに耐えたんだから、きっと強く育ってくれるだろう…。


‘4月のディル’
ディル4月
En abril, ya han necesitado tener palo para apoyar el cuerpo. Ahora todavia no tienen muchas hojas, pero luego si crecen más grande, quiero utilizar las hojas para ensaladas.

4月に入ると、どんどん背が伸びて、支柱が必要になってきました。ディルは1株が大きくなるのだそうです。最初、種をまいた時は、20個くらい出た芽も、冬になって選抜し5株に、それから寒さに耐えきれずにダメになった1株をのぞき4株になっていました。
そのうち1株は弱ってしおれ、結局今は3つの植木鉢にそれぞれ1株で落ち着いています。

さて、これから、葉っぱを取って気軽に料理に使えるようになるかな…まだ、葉の数が少ないので遠慮しています。

| 日記・つぶやき diario | 23:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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