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8月の近況

このひと月は、いろいろあって、でもあまり書く暇がなかったので、忘れないために(実際は忘れても後で見られるように)ざっと並べて書いておきます。

◆まさかの長雨で、盆前のほんの少しの陽光で梅干しを干すことになってしまった。でもあの後、またずっと雨だっだから、最善だったと思う。今年は、「梅雨から秋へ」といった天候だった。「梅雨から秋の長雨へ」だったらどうしよう。湿気にもう飽き飽き。寒天の中で暮らしている気分。

◆上のようなことを言ってたら、19日晩から、ほんとうにまさかの大豪雨。地域から死者行方不明者が出ることになり、呆然とした。雷と雨が居座り、「なんだこの音!雨!」と言いながら寝たのだけどまさかここまでとは…
雨が小やみになった時間帯は、ちょうど就寝時間ごろで、ぶり返して身動きが取れなくなったのが丑三つ時だったから、とても悪い時間帯だった。
亡くなったかたのご冥福をお祈りします。被災した方たちが、一刻も早く安寧な暮らしに戻れますように。

◆母が昔の水害について語っていた。わたしの生まれ年に、すごいのがあって、父が腹まで水に浸かりながら隣町から帰って来た話をしていた。うちは平屋で、近所の叔母の家が2階建てだったので、赤ん坊だったわたしを預かろうと言ってくれたそうだ。母の経験では、
「親指の先くらいの大きさの石ころが水に混ざって坂道を降りてきたら、山からもう逃げないと」
だそうだ。覚えておくことにする。

◆明るい話題としては、友達たちが家に遊びに来てくれた。誰かを招くというのも大変久しぶりなことだった。
誰か来てくれないと、ズボラなわたしたちは手入れを怠り、どんどん家が汚くなることが前の家でわかったので、どんどん来てもらって、きれいにするようにしたいな。お気軽にお越し下さい。

‘いただいた花束と花瓶’ 美しいです。
花140823

◆語学クラスの仲間たちとビアガーデンってのもあったな。ほとんど西語しゃべってないけど。
その日はお盆中で、すごい雷だったけど、久しぶりで楽しかった。ホテルグランヴィアのビアガーデンは、けっこう良かったと思う。

◆今月末、父の納骨を済ませた。
本当は盆前にやる予定だったけど、まさかの台風で延期になっていた。(まさかまさかばっかりだな ^^;)
これまでいろいろあったのだけど、代々の墓に入ってもらうことになってよかった。
墓って、どこに開口部があって、どんなふうにお骨を入れるのか、知らなかったのだけど、今回、家族と叔父夫婦とともに墓地に行って、ちょっとびっくりした。すごく原始的だったから。石の戸をこじあけたら、ほんとうにすぐそこに誰かご先祖さまの骨があって、土にすぐ還っちゃいそうな勢いだった。墓自体がとても古いものだからかもしれない。でも、とにかく、寺のすぐそばから、境内のイチョウの木や門や、谷の家々が見える場所で、父は満足してると思う。

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今日の陶芸

今月の陶芸、本当は盆休み中に行ったのですが、その後他に書きたいものがあったり、バタバタ過ごしたりして、すっかりご無沙汰してしまいました。
思い出しログになってしまいますが、忘備録として書いておきます。
今回は上がってきた作品がなくて、お見せできるものがありません。
かわりに昨年引っ越し前に撮ったチープな卵料理でもごらんください。


‘卵とルッコラの巾着煮’ 
卵とルッコラの巾着煮131029
ちなみにこの器にはよくお世話になったのですが、
欠けたり、だいぶ汚れた感じになったので、引っ越し時に処分しました。


本日の作陶メモ:(すでに「本日」じゃないけど ^^;)
湯のみを3つ、半磁土で作りました。ろくろは快調だったのだけど、高台削りではなぜか中心がずれる。なんで?飲み口のほうが、水平じゃなかったのか?じゃあ、快調じゃなかったじゃん。そんなわけで、今回も形は不満が残りそう。
手びねりで、小さな仁清土の花入れをひとつ。ちょっと風車のような羽根のような変化をつけてみました。作りは相変わらず甘いけど、いい雰囲気にならないかなー。

この日は、遠くから「1日体験」に来ている人たちがいました。こどもや孫に、夏休みの体験をさせる目的のようです。観光とセットで組んで、東京から来られた家族の方がいらっしゃいましたが、雨続きのこっちで、晴れやかないい景色を見てもらえないなと思うと、ちょっと残念に思いました。でも、陶芸はいい選択だったかもね。天候関係ないから。

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死と取り戻したもの

‘雨の合間の晴れた夕方’
140810夕方の空

父が亡くなったあと、親戚や知人の反応、または話などを聞いて、共感とか違和感とかから思ったこと。

人が生まれてくるとき、そこにまつわる物語や
背負ってくるものがそれぞれみんな異なるように、
今度は死んでいくときも、
それぞれみんな違うものなんだなと思いました。
少し、誰かの死を見たからと言って、
他の人の死を、ひとくくりに語ることは
とうていできないものだと、改めて実感しました。
それは、おそらく死んでいく本人にとってもそうでしょうし、
残された人にとっても、いつ、どういう失い方をするか、
そのときの自分の人生での立ち位置などによって
受け止め方がちがうのも当然だと思います。


さて、前回ログに書いたように、父の名誉を取り戻すために、そしてもちろんわたしが忘れないために、ちょっと書き起こしておこうと思います。経験不足だし、そんなに熟考もしていないし、書く価値があるかどうかもわかりませんが、経験がないなりに思ったことを書きます。

父の最晩年は、端から見ればふつうに年老いたのであったけれど、前にも書いたように、味わうでもなくむさぼり食べているか、寝ているかという印象でした。
花を見てきれいと思うこともなく、鳥の声に耳を澄ませるでもない、何と言ったらいいか、感情がどんどん顔から消えていき、食べることと、2年前に死んだ飼い犬の話の他には、なにも興味がない、といった感じだったので、そのうち、家族の顔も忘れるんじゃないかと思いましたが、それは大丈夫だったようです。(ただし、娘の近況などに興味あるようには思えなかった ^^;)
思うに、体が動くか動かないかということより、意志の欠落…普段の生活の中で意志や喜怒哀楽がどんどん失われていくほうが切ないなと思いました。家に帰って様子を見ると、そういった父を見るのはほんとうに悲しく、また、母が抱える不安を聞いては、決まって重い気分になりました。

いつかは来るその時のことを、ある程度想像もし、覚悟はしていました。と同時に、果たしてわたしはどう受け止めるのだろうと、少しこわかった。
しかし、父の最期の顔を見て、驚きとともについて出た言葉は
「あ、いい顔!」でした。
それは、これまで思い込んでいたものが、覆された瞬間でした。
亡くなる前は、本人は言わなかったけどやはり体が相当つらかったんだろう、そのことに改めて気づかされました。解放された表情の安らかさは、ここ数年見たことがなく、つまりそれは言い換えればそんなに長く辛かったということなのに、長い時間でだんだんと悪くなったので、ゆるやかな変化に気づきにくかったのかもしれません。わたしの感覚の方が死んでたんだろうと思います。とにかく、最期が苦しい顔かもしれないと思っていたので、驚きながら、少しほっとしました。
けれども、もっと驚いたのは、ここ数年の無気力な顔でなく、ちゃんと思慮のある顔とでもいうのか、意志を取り戻したような顔をしていて、それはわたしにとって、本当に予想外でした。

それまで、「死」に対して「暗い・冷たい」とか「怖い」イメージしかなかったのですが、「死の間際に取り戻してる」という、そのときの驚きは、ちょっとそれまでのイメージを覆すことになりました。

ただ、後になって落ち着いて考えてみると、あれって、死の間際に取り戻したんだろうか。
実は、父は、失ってもいなかったんじゃないだろうか。
微弱な意志は持ってたけど、病気に隠されてただけなのかも…
という気もしています。

そうしてみると、父の晩年を悲しく思ったり、優しくしてあげなかったのが、本当にすまなかったな、と思います。
こちらの思いは、もう届きませんが、父も、日ごろ自分の思いを家族にわかってもらおうという感じの人でもなかったな、と思うと、おあいこというか、やっぱり同類なんだろうな、とも、また思ったのでした。

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父の姿を通した戦後

‘数日前、一瞬の夕焼け’
夕焼け140812
Estoy pensando en la guerra a través los recuerdos de mi padre. Aunque él era niño en la 2a guerra mundial, la guerra le daba diversas influencias malas en su vida ordinaria, yo creo.

今年のお盆は、なんだかまるで梅雨の続きのようで、どうも「お盆」のイメージにならないまま、慌ただしく過ぎていこうとしています。このお盆中に、5月に亡くなった父の誕生日が来て、69回目の終戦記念日が来ました。
もう、終戦記念日と言われてもピンと来ない若者が増えただとか、8月6日、8月9日が何の日だったか知らないとか、そういうニュースが目立ってきました。かくいうわたしも、8月15日の正午のサイレンを聞いて、「あれ?ダムの放水の合図?」と一瞬思ったようないたらなさでした。(言い訳させてもらうならば、ここのところの雨量が気になってたからだけど。(汗)

父が亡くなったということは、戦争の証人がまた1人減ったということで、そういう意味でも、残念なことでした。戦時中のことは、あまり詳しく話してもらってないですが、父が主に2つほど、戦争を知らないわたしに、やけにリアルに感じさせたことを書きたいと思います。

ひとつは、テレビのニュースなどで昭和天皇が登場されたとき、父が感じたことを語る時があったけれど、天皇を尊敬しているのか、嫌いなのか、子どものわたしにはよく読めなかったことです。その日、その時で、全然違う反応があり、あるときは「戦争責任がある」と怒ったように言ってみたり、あるときはにこにこと誇らしげに語ってみたりと、「どっちなんだ?」と疑問に思っていました。
大人になってから思えば、きっとどちらも本当で、結局まとめることなどできなかったんだろうと思います。そして、昨日までムチを持ってた大人が、次の日からは簡単に家族主義に転じてしまうのを見てた世代は、「暖かいファミリー」ってものに、インチキくさいものを感じていたところがあったのかなと思います。父は家族のことを考えてないわけではなかったけど、若いころは、家族サービスより自分の趣味を優先したいところがありました。子どもの私たちも、またそれに慣れていました。

2つ目は、なんといっても「食」です。
戦中戦後で、想像を絶するひもじさを体験したことと、もともと食いしんぼだったことが相乗したのか、ふつうの感覚ではないような食欲、どん欲さがありました。同年代の父親を持つ友人と、この手の会話をして、共感しあうことはありますが、実際のところ、父ほどすごい人の話をあまり聞きません。
大人になって食べられるようになってからは、飽きるまで食べるのを繰り返し、(でも、大人になってからのそれは、ハシカのように、食べても食べても飽き足らないんですよね…)そしてその後の高血圧、糖尿病につながります。最晩年の数年は、味わうでもなく「むさぼり食べる」という表現がぴったり、と言うような状況を、わたしはとても悲しく見ていましたが、これも、ひとつの戦争の後遺症というか、爪痕のように思えてしかたありませんでした。

以前、本はまだ読んでいませんが、ネット上で、吉本隆明さんの妻、和子さんが、戦中戦後の「食」事情の影響で、もう「食べること」の一切に興味が持てなくなった、というエピソードを知って、「逆にこういう形で影響が出た人がいるんだな」と思いました。いわば、針が父とは逆にふれたんだと。
食に対して修羅のようになったり、食を通して人の嫌なところを見てホトホトいやになったり、そういうことが、その後のその人の人生に、確実に影を落としていくんだなと思います。
わたしは戦争を知りませんが、間接的にひとつだけ知っているとすれば、そこの凄まじさでしょうかね。

父の姿を通して戦争のことを少し書くために、彼にとって不名誉な感じの文章になってしまったかもしれませんが、わたしの中では、軽んじているつもりはありません。むしろ、こんなのを書いても、敬愛が消えないような、父の死の印象があったのですが、それは次に書こうと思います。

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塩鮭のあけぼの煮

‘塩鮭のあけぼの煮’
塩鮭のあけぼの煮140730
Salmon salado cocido con tomate a la japonesa... Antes yo pensaba que tomate no caería bien con las comidas japonesas. Pero ya he entendido que tomate cae bien con salsa de soja.

塩鮭を薄味で煮て、煮上がりにトマトをかける煮つけをやってみました。さっぱりして、ほんのり甘く、なかなかおいしかったです。
そもそも、冬場にだいこんおろしでこれと同じ調理法でやっていたのが定番でした。そして夏場、ちょうど大根がなくて、トマトがだぶつき気味だったのを見て、「そういや、トマトを使うあけぼの煮ってのがあったな」と、思い出し、大根おろしのかわりにトマトを刻んだもので代用することに。
このへんがわたしのいい加減なところで、あとで調べたら、「あけぼの煮」は、確かにトマトを使っていたけど、にんにくやりんごも使う、ぜんぜん違う調理法でした。(その料理はこちら=まぐろのあけぼの煮)

ぜんぜん違うけど、さっぱりした和風の魚の煮つけになりました。トマトの甘味と、塩鮭から出る塩気、しょうゆの風味がよく合います。夏の定番になりそうです。


作り方は続き。

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| クッキング mi cocina | 20:28 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ローズマリーチンキで

‘ローズマリーチンキ’ けっこう暗い褐色になった
ローズマリーチンキを作る2014
La tintura de romero que hice. Todos los dias, antes de secar mi pelo, la echo un poco. Por lo que yo he oido, ella actua en cabello más brillante. Parece que peino más suave que antes.

春の話になりますが、ローズマリーチンキとやらを作りました。ローズマリー(生でも乾燥でも)をウォッカなど40度以上の酒に漬けて、エキスを抽出した液のことです。
偶然、ネット上で、それをうすめた液を髪につけたら、ツヤが出た。と言う情報を目にしたので、やってみる気になったのでした。だんだん、髪にツヤがなくなると、老け込むからやだなーと思ってたのと、ちょっと最近髪がきしむのが気になっていました。

うちでは、ローズマリーの木を持っていないので、乾燥したものを買って作りましたが、こんなのねぇ…一本植えときゃ、いやというほど繁るものなのにねぇ…と思わずにいられませんでした。かといって、今家で育てる自信がないので、仕方ないんですけども。
以前、わたしが買った苗を実家で植えたら、収拾がつかないくらい茂ったのを、ちょっと悔しく思い出しました。あのとき、これを知ってたらなー。(あまりに暴れたので、母がのちに伐採した)

1ヶ月くらいで、チンキそのものはでき、それを水でうすめて、洗髪後きりふきでかけています。化粧水にもなるというので、手や顔にもかけたりしますが、グリセリンとか、うるおい成分を足してないので、こちらはあまり期待していません。とりあえず、香りがいいので、振っては癒されています。

で、髪には効果あったかって?
自分では、ツヤが出たかどうかハッキリ断言できないのですが、冬場によくあった髪のきしみによるからまりは、解消したと思います。ただ、乾燥する冬が終わったから解消してるのかもしれないので、次の冬が来てみないとわかりません。でも、なんとなく、ドライヤー後の髪の状態が今までよりいい気がします。
まあ、その他に変わったことはしてないので、もし次にわたしに会ったとき、髪にツヤが出たと思ったら効果アリ、特に気づかなければ効果ナシだと思っていただければと思います。そして、もし、収拾つかないくらい茂っているお家の方がいらしたら、ぜひ、ご一報ください。

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