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春の摘み草と料理

‘つくし’
つくし2015-2
Cada primavera, recojo esta hierba (se llama tsukushi en japonés) . Se ve en los campos o en las riveras de orilla.

天気が良く暖かかった日曜日、摘み草をしに河川敷に出かけました。先日まで寒かったのに、モクレンが咲き始めたら、あっという間に満開になり、うかうかしてたらつくしの季節もあっと言う間に終わってしまう!と、気持ちがそわそわ。
つくしって、そんなにおいしいの?と言われそうですが、もはやそういう問題ではないのだった。桜を見るくらい、これはわたしにとって、意味のあることなのでして。

もう、時期的には後半だったらしく、お目当ての河川敷には、もう摘まれた跡や、胞子が飛んでいって枯れたものが多く見受けられました。でも、よく見るとまだまだ残っていて、ざっと30分くらい摘んだら、わりとたくさんになりました。
摘みながら、なんとなく、
「どういう状況になっても、自然が近くにあって、そこに出かけられる限りは、自分はずっと摘み草やるんだろうな」
と思いました。

最近、フィンランドに関する記事に、フィンランドの人々が、森でベリーやきのこを摘んだり、森に入って一人きりになりたがる話を読んで、なんだかすごくわかるというか、自分に近いセンスを感じます。フィンランドについて全然詳しくないけど、ちょっといろいろ知りたいなと思っています。


‘摘んだつくしとよもぎ’
つくし2015-1
Mira, estos son recogidos. ¿Para qué? para comerlos, claro.

誰がこのつくしのハカマを取るの?…摘んだはいいが、気が遠くなった。 (0_0;)


‘つくしとじゃこの煮物’
つくしの煮物2015
Tsukushi cocido con la salsa de soja, añadido aceite de sésamo.

以前は、つくしを茹でてアク抜きしてから煮ていましたが、苦みや風味が抜けておもしろくないし、面倒なので、まず最初に油で炒め、そのまま煮ることにしています。つくしは香りがないので、わたしはたいていごま油で炒めます。炒めただけでもおいしいですよね。


‘つくしとよもぎの天ぷら’
つくしとよもぎの天ぷら2015
Tempura de tsukushi y yomogui. Disfrutamos olor de estas hierbas o sabor amargos. Comiendolas, sentimos que, “ya estamos en la primavera“.

よもぎの天ぷらは、友達のお母さんがおいしいと教えてくれてから、時々作るようになりました。水分が少ないのか繊維がしっかりしてるのか、比較的カラッと揚がって食感がいいので、天ぷら上手になったような錯覚にひたることができますよ。ほどよいほろ苦さ。

春をいただきました。とりあえず満足です。



| クッキング mi cocina | 19:51 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の陶芸

‘古陶の皿、わら白釉に鉄で模様’
陶芸150321-1

今日は、古陶の皿が上がってきました。古陶という名の、細かい砂が入った白い土で作陶し、わら白釉をかけ、鉄で模様を描きました。成形はわりとうまくいき、絵付けはテキトーですが、満足しています。絵付けは「鉄赤」というのと、「鉄釉」っていうのがあって、そのどちらでやったか覚えてないのですが、今思い出してみると、鉄釉のほうだったかもしれません。塗っているときに赤くなかったです。

陶芸150321-2


そして、急須のフタも上がってきましたが、やはり大きすぎました。1回目の焼成後にほとんど縮まず、2度目の焼成後、直径は92ミリほどになりました。作陶時で98ミリと記録していますから、たった6ミリしか縮まなかったんですね。これは小物入れのフタになりそうです。

‘大きすぎたフタ’
陶芸1503021-3
この白は、白化粧の色。いつも白化粧は失敗しがちだけど、これは刷毛ぬりでしっかり付いて、その点は比較的満足だった。本当にサイズさえ合えばね。


今日の作陶メモ:
先日、友人と家でごはん会をやったとき、「お通し」にあたるところの小鉢が足りないなぁと思ったので、豆皿を2つ、井戸:野呂:仁清=1:3:4くらいのブレンドで作陶。仁清土を手びねりで、四方の鉢をひとつ。先生から、「あら、花器?」といわれたけど、煮物を盛る気満々だった。これらすべてわら白釉をかける予定。

| 陶芸 ceramicas | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春のごはん会

‘フリージアと山茱萸(サンシュユ)’ 当日に飾ったもの。
フリージアとサンシュユ150307
Al otro dia, invité mis amigas a mi casa, y cenamos funtos con mi marido. Las amigas vinieron desde un poco lejos, así que yo tenía que preparar todas comidas. Por eso estuve muy ocupada para preparar y servir, y eso me olvidó de sacar las fotos de las comidas. Pero ella nos trajeron unas bebidas alcóholicas, todos los detalles me gustaron. Aunque tengo alguna reflexión sobre los que hice, lo pasamos muy bién.

過去の記録になりますが、先日友人3人を招いて「ごはん会」をしました。
春の時候なので、春の野菜を使って…となると、やっぱり和食かなー…と考えたものの、なぜか考えたことが、あまりよい方向には転ばなかったな。量は足りたと思うけど、種類がちょっとさみしかった。
今回、比較的遠くから来てくれた友人もいて、「一品持ち寄り」みたいなことを提案するのが、あまり現実的じゃないなと思って、自分が全部料理を用意しました。考えている時は「これだけあれば大丈夫」と思っていても、いざ作ってみたら、もう2品くらいあってもよかったかな。という感じでした。

友人たちは、おもにアルコール飲料とか、お菓子を持って来てくれました。
山口からだったので、ご当地の獺祭の焼酎と獺祭のケーキをいただきました。芳醇でたいへん美味しかったです。でも、獺祭って、最近すごく人気が出てて、これ入手するのも大変だったっぽい。さらに、価格も高そう。広島の友達は富久長の温州みかん酒と桜の葉薫る緑茶を持って来てくれました。みかん酒は、みかん果汁が濃いせいか、アルコール度数が気にならずにするする飲めて、緑茶は若々しい緑のイメージでした。なんだか、こちらはお土産に見合うようなごちそうができなくて申し訳なかったのですが、どれもおいしくいただきました。ありがとう。

以下、料理について自分用メモ

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| クッキング mi cocina | 19:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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100分de名著 − フランケンシュタインがスゴイ意外だった

‘チョコケーキ、甘かった’ 本文と何も関係ないですが
チョコケーキ150214

2月の100分de名著は、「フランケンシュタイン」でした。
この本、読んだことないし、読むつもりもなかったので、テレビを暇つぶし程度で気楽に見始めたのでした。
が、この番組だけで、目からウロコが何個とれたことか。ウロコどころかレンズ豆を数個嵌めてたんじゃないかと思うくらい、これまでまちがったイメージを持っていたので、意外なことだらけ、そしていろいろな角度から読めるものだってことがわかって、すごく面白かったです。

「フランケンシュタイン」って、あの怪物の名前だって思ってたけど、違うのね。
科学者フランケンシュタインと、彼が作った名もない怪物の話で、これが、「あれ?こういう話ってあったよね?鉄腕アトムとかそうじゃない?ブレードランナーは?」という感じなのです。
親に愛されなかった子が犯罪を犯すとか、社会からつまはじきになった者がテロを起こすとか、今特に社会問題になっている話を大変思い起こさせるもので、こんな話を、19世紀前半の時代の女性がよく書いたなぁと思いました。

さらに、番組中で先生は、解釈によって、この2人を同一人物の光と影に分けて考えられるともおっしゃっていたのが印象的でした。
ユングによれば、人間は社会で生きていくために善人の仮面(ペルソナ)と、ネガティブな暗い側面(シャドー)の心理を合わせ持っているのだとか。
これを聞いたとたん、わたしは、「ああ、じゃあ、Facebookに書かれているようなことが、ペルソナだね」と思いました。実際の所、みんなリア充そうに見えて、そんなにリア充なものでしょうか。シャドーの部分を書いていないだけじゃないかな。だから、あんまり他人をうらやましがらなくていいんですよね。

自分の中に認めるのが辛いシャドー…でも、「フランケンシュタインの怪物」(シャドー)にフタをして見なかったことにすると、そのうちどこかでそれが暴走するので、ある程度どこかで「黒い自分」を認識し、反省もしつつ許してもあげないと大変なことになるんでしょうね。
「そういう部分なんてわたしにはない!」と信じている人は、たぶん自分も周囲の人も欺いているので、結果的に人を不幸にするような気がします。ブラック企業の天然社長とかね。(あ、確信犯かしら ^^;)

ここのところ、わたしの内側はかなり黒いシャドーで覆われていたので、この番組を見て、うなずくことしきり!でした。
機会があれば、ちゃんと読んでみたいです。

| 日記・つぶやき diario | 20:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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