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熱帯夜の季節

梅雨も終わって、本格的な暑さです。熱帯夜がしばらく続きますね。

いきなり音楽の話題になりますが、熱帯夜といえば、RIP SLYMEの「熱帯夜」を思い出します。(YouTubeで検索すると、少しエロめな画像を見ながら聴くことができます…でも、なんか笑えるエロさなんですけどね)
ヒップホップは、あまり聴かないですけど、リップはけっこう気に入ってて、われながら、なんでだろ?と思っていました。
でも、先日、それがなんとなく納得できてしまうものにめぐりあいました。


‘Take it easy my brother Charles’ ジョルジ・ベンジョール



ブラジル音楽は、もうずっと好きですが、先日、「そういえば、ジョルジ・ベンジョールって、サッカー好きなら誰でも知ってる「マシュケナダ」(Mas que nada)セルジオメンデス版はこちら。音が出ます以外に、どんなの作ってたかな…」と思い、YouTubeをふらっと試し聴きしてみて、でてきたのがこれ。
うーん…「熱帯夜」にそっくりだ…ていうか、こっちは1969年くらいの発表だから、「熱帯夜」がチャールズ兄さんに似てるんだわ。
ヒップホップとはいえ、かなりラテン度が高いので、わたしのアンテナに引っかかってくるんだな。

ということがわかった2つの曲でした。どちらを聴いても、夏らしくてなかなかいい。できれば涼しいところで聴きたいです。

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バジルのその後と、冷たい系のおかず

‘タコのバジルソース和え’ ちらっと見えるのはカレーと南瓜のサラダ
タコのバジル和え2015
Pulpo y tomate con la salsa de albahaca
Este junio mi amiga me dio unas cepas de albahaca. Las estoy criando, y también utilizo unas hojas para cocinar frecuentemente.

ここのところ、料理について何も書いてなくて、写真ばかりたまっていきます。

6月に、友達からいただいたバジルの鉢は、摘芯したのがけっこう効いて、まあまあ葉が茂ってきました。頃合いをみて、少々葉や芽を摘んでは、ごはんに活用しています。いやー、ありがたいです。香りが強いので、ちょっと使うだけでも香って、幸せな気持ちになります。
上の写真は、ゆでダコを買って、ミニトマトといっしょに、バジルソースで和えたもの。最近、バジルソースは作り置きとかしないので、その場で即席で作った物です。ソースを除けば、ただ材料を切るだけですね。


‘トマトとイカの冷たいパスタ’ 
トマトとイカの冷たいパスタ
Pasta fría con tomate y calamares

ゆでた小イカを買って適当に切り、トマトとバジルを細かく刻んで、ニンニク少々で香りをつけたオイルで和えたんだったかな。トマトの汁に昆布茶を混ぜて味付けして、塩を足したように記憶しています。冷たいごはんは、相方があまり得意じゃないので、温かい玉ねぎスープを付けました。


‘鰹のたたきの韓国風ヅケ’
鰹のたたきの韓国風ヅケ
Sashimi de bonito a la coreana, utilizado pasta picante Gochujang.
Antes me molestaba el olor de bonito crudo, pero esta receta me gustó. La pasta de gochujang y aceite de sésamo borran el olor mal y hacen muy rico.

これは、どこかweb上でヒントを得て作ったもの。鰹のたたきって、好きだけど、ニンニク醤油で食べても、どこか生臭さが気になったり、ちょっと単調な味わいになったりして、気が進まないこともありました。ニンニクにコチュジャンとごま油、少しの酒と砂糖でたれを作り、ヅケのようにからめると、生臭さがさらに消される気がします。香りのする野菜とか、ナッツとかかけたら、けっこう食欲をそそりますね。繊細で上等な刺身でこの方法をするのはもったいない気がするけど、安いのでいいので、助かります。


‘モロヘイヤとアボカドのおひたし’
モロヘイヤのお浸し2015
Molokhiya y aguacate modados en Dashi

これは、以前書いたことあるので、こちら〔わさび風味おひたし〕


‘冬瓜のスープ、冷やし鉢’
冬瓜のスープ
Sopa de tougan (calabaza blanca... pero parece melón de verdura)

これも以前書いたことがあるのでこちら。〔冬瓜の冷やし鉢〕
ただし、今回は干しえびで出汁をとり、ゆでた鱧を入れ、温かいまま食べました。梅干しを入れていただきます。

| クッキング mi cocina | 18:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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100分de名著「荘子」ー胡蝶の夢

‘夕空’
夕空150715


100分de名著「荘子」のつづきです。このグダグダした語りも、そろそろ終わります。
(でも、もしかしたらもう一回、拾えなかったことを書くかも)
なにぶん、思想・哲学的な話なので、こむずかしい感じがするけど、なんでこれを数回に分けて書いているかというと、こういうのを知ると、肩のチカラ抜いて生きていけそうだから。わたしはすぐ忘れるので、これは忘備録でもあります。

4.万物はみなひとしい
荘子の思想のなかで、「万物斉同」という代表的な考えがあります。それは、渾沌として形は見えないが、すべてを産み出す源のような理のようなもの=道(Tao)が、どんなものにも宿っていて、そこにおいては、すべてのものはみな等しい、というものです。

このあたりの話になると、壮大過ぎて、ついていくの難しい〜、と、少し思ったのですが、生きとし生けるもの、また死んだものも、すべては等しく、ただ常に変化しているだけなのである、という考え方は、ある意味、気持ちをラクにしてくれるな、とも思いました。
このとき、私は父のことを思い出していて、そういうことなら、父もまた、渾沌の中に帰っていっただけなのかもしれないな、と、すっと腑に落ちたような気がしたのでした。彼もまた、宇宙のどこかで変化し続けているのかもしれません。一緒に変化していると考えると、もう亡くなったのに、そんなに遠くではなく、近くにいるような気がします。


「胡蝶の夢」
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荘周は、或る日蝶になってひらひら舞う夢を見ていたが、目が覚めて「ああ、蝶になった夢を見た」と思ったのだけれど、はたして、そうなのだろうか。いま、蝶が荘周になった夢を見ているのかもしれない。そうではないと、どうしていいきれるだろうか。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

このお話は、荘子の中で最も有名なものだそうで、たいへん印象的なお話だな、と思います。
「夢」という言葉を持ち出すとき、若者にとっては「未来への期待」ですが、年老いたら、「夢のように過ぎたこと」なのかもしれません。そういうことでは、夢ということばの意味も、ひとつではないのであって、荘子は、そこのところを、「覚めたときにわかるもの」と捉えているのかな、と思いました。テキストでは「万物が変化しているありさま」と書かれています。

この夢の話に、「すごい!今までこんなにハッとさせられたことあるかな?」と、めずらしく少しドキドキしたので、自分に新しい視点を教えてくれたテキストの内容を、ここで説明しようと思ったのですが、長々と書くと、こむずかしくなりそう。読ませる文章力ないですからね。
そういうわけで、ハッとしたところを手短かに、箇条書きで書いてみます。

◆次に起こる状況次第で、過去の意味は変わる
 例)恋人と別れることになって悲しんでたけど、がまんしてがんばっていたら、
 その人よりずっといい人が現れた。ああ、あのとき別れてよかった。
 夢のように過ぎてしまったあの時分のことは、自分を成長させる
 肥やしのようなものだった。など
◆今になってみると、この間の過去が夢だったように思える(新しいステージ=目覚めた)
◆目覚めるたびにそれまで生きていた生が次々夢になる
◆すべての命は無窮の変化のなかで次々に目覚めていくものなのだ 
◆あらゆるものの変化の中では、死という変化も、ひとつの目覚めであるかもしれない


テキストの著者、玄侑宗久さんが、終段でおっしゃっていたことに、現代社会のなかで生きていく中で、「夢と現実」という二項対立の考え方は、現実の生をきついものにする、とおっしゃっていました。 
これって、たいてい高校生あたりで、そういうことに直面して、多くの人がふたつを対比しながら生活してるような気がします。でも、夢と現実は対極にあるのではなく、夢見て次々目覚めていくものなのだ、と思うと、なんだか気持ちが楽になるように思います。

荘子の思想って、あまり若者向きではないかもね。枯れてるというか…でも、壮大。
何か思い詰めてる人がいたら、これを知っていると、いい処方箋になりそうですよね。
対して、イケイケドンドンの経営者とか、今まさになにかを実現中の人とかには、特にお勧めしないです。ちょっと挫折したときにどうぞ、という感じでしょうか。

| 日記・つぶやき diario | 00:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の陶芸

‘古陶土の皿’ 呉須絵の具で絵付け、透明釉
陶芸150711-2

ちょっとブログを書く時間がなくて、すっかり過去ログになっていますが、先週作陶しました。
今回でき上がってきたのは、習い始めの頃に扱ったことがあるけど、その後あまり触らなくて、忘れてた土とか、釉薬のものでした。
ひとつは、古陶(細)の土で作った平皿。この土では長い間作ってなかったけど、今回できあがってみて、甘酒の色を思わせる、少しくすんだ暖かい色、すなわちそんなに白くない肌に
「…だから、古陶っていう名前なのかも。古びたような、レトロな感じ」
と思いました。紺色がかった呉須絵の具で絵付けしたので、よけいそのように見えますかね。


あと2枚あがってきたのは、はっさく土という、古陶より白い土に、白マット釉と、イラボ釉を掛け分けたもの。
この組み合わせ、自分でも「どうなるのかな?」と思ってたけど、うーん…イラボ、久しぶりに使ったけど、思った色じゃなく、失敗の組み合わせでした。

‘菓子皿’ はっさく土、白マット釉×イラボ
陶芸150711-3

なんだか、イラボの色が、思ったより濃かったんですよね。以前使った時は、こんなに濃くなかったんですけど。ちなみに、釉薬を掛けるとき、2つの釉薬がカブっている部分は、ほぼありません。ギリギリで掛け分けています。
それでも、菓子皿はまだ、おはぎでものっけてみようかしら…とも思いましたが、次の丸い皿はね…


‘命名:カレー’ (笑)
陶芸150711-1

もう、この皿自体が、カレーでしょ。これにごはんを盛って、「あっ、これルーやないんや」っていうボケ&ツッコミをやる予定もないですしね…。(涙)
イラボのボコボコした感じが全然出ないし暗いし、ちょっとガッカリでした。しばらくどこかに置いて、そのうちベランダの鉢受けにしようかな。

本日の作陶メモ:
クリスマス用の飾りをひとつ。扇状に広がる、板状のヤドリギのモチーフ。これに白マット釉と、実の部分に黄瀬戸釉をかける予定。

| 陶芸 ceramicas | 23:55 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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100分de名著 − 「荘子」より 「遊」と「道」

‘川辺のクローバー’
6月のクローバー1506

引き続き、100分de名著「荘子」について、思ったことを書きます。

3.自在の境地「遊」
 「遊ぶ」って、どういうことかと考えると、楽しいことばかり思いつきますが、荘子のいう「遊ぶ」は、やっぱりそれとは違っていて、時間や空間に縛られない、何事にもとらわれない無意識の世界のことを「遊」と呼びます。
 でも、子どもが遊ぶとき、自分のことを忘れて何かに夢中で取り組んでいるものだと思うと、無意識、理屈ぬき、という意味では、共通するのかもしれません。
 荘子は、話の中で、料理人が牛を牛刀で解体するとき、どのように切るか考えていない。感覚ではなく、無意識で、自分を捨てて心で牛に向かっているとき、牛を扱う方法がもっともうまくいく、というお話をしています。
 無意識になるためには、反復練習しかなく、何度もそれを繰り返すことで無意識にやれるようになる。きっと、料理人は、そこまでになるまでに、気が遠くなるほど繰り返し練習したのでしょうね。
 
 ここで、あっ!と気づくのですが、「茶道」「書道」「弓道」など、「○○道」という名のつくものって、全部その修行なんですよね。
 
どっぷりやったことはないけれど、正直、わたしはこの「○○道」っていうのが、どれも苦手です。型をまねびて修行になるのが、どうにも辛抱ならないのです。こらえ性のない自分の性格がひとつ。さらに、そこに「自分らしさ」はあるのか?と思うのがひとつ。
最近になって、どこかで
「同じようにまねして同じようにやることで、却って自分というものと、他との違いがだんだんわかるようになるのだよ。」
という話を聞き、ああ、そういうものなのか…「守・破・離」というステップがあるっていうけど、そうやって自分がわかった後でなら、離れてもいいのね。
…ていうとこまでは、頭ではなんとか飲み込みました。

が、なにぶん、辛抱のきかない子なので…このあたりが、ちょっと進んだ後、伸びない原因なのかもしれないと思いますけど。
ガマンして、どっぷり何かを真似しながらがんばってみるのも必要かもなぁ、と、この寓話から反省しました。
ただ、嫌なことのガマンは続きませんからね…。夢中でできることでないとダメなんですよね。夢中でできてることはもはやもうガマンじゃない。後は…夢中のうちに、もっと突き詰めろってことでしょうかね。

| 日記・つぶやき diario | 00:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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