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大統領の折り鶴

写真付き記事(Hay una foto)
El presidente Obama trajo 4 grullas de papel al museo memorial de la paz. Esas eran piezas de papiroflexia con un enorme simbolismo por la paz debido a que fueron popularizadas por Sadako Sasaki, una víctima de la bomba atómica que falleció a causa de la leucemia.
Entregó 2 grullas a los alumnos (de enseñanza primaria y secundaria), las otras añadió encima del papel de su mensaje en el museo.

Me alegro por saber esta noticia.
Él no hizo una reverencia en frente del cenotafio (es que no pudo expresar algo de pedir perdon), pero creo que estas grullas nos enseñan su corazón verdadero.
Por lo menos quiero agradecerle doblar papeles con sus propias manos. Sería un poco dificil de hacer grullas para los principiantes. (Tal vez alguien ayudaría mucho, no?) Pero de todas maneras, ciertamente ese trabajo se ve como grullas, su pensamiento se comunica a nuestro corazón.

先週の、オバマ大統領広島訪問の際、自ら折ったいう折り鶴を、平和資料館に残されたというニュースを今日知りました。
このお知らせは、素直にうれしかったです。
謝罪を思わせる行動をしてはならないため、慰霊碑の前では頭を下げたりしませんでしたが、この折り鶴は、大統領のほんとうの気持ちをわたしたちに教えてくれているような気がしました。
少なくとも、自らの手で折ったことには感謝したいです。折り紙初心者に鶴を折るのはすこし難しいですよね。(たぶん、ずいぶん手伝ってもらったと思う…)でも、骨を折ってくれたことが形として見えると、やっぱり伝わると思いました。

| 日記・つぶやき diario | 23:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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オバマ大統領広島訪問から思ったこと

‘原爆ドームと元安川’ 写真は、数年前のです…
平和記念公園

5月27日は、広島に住むわたしたちにとって、特別な日になりました。
オバマ大統領の来広が急に決まってから、やっぱりいろいろ考えることになり、当日はなんだか落ち着きませんでした。
政治的な色が濃いこのことについて、ブログで書くのもなんだかなぁ…とは思ったけど、こういうのこそ、書き残しておかないと、今後いろいろと忘れていきそうなので、やっぱり書き記しておこうかなと思います。
SNSのほうでは、西文で書いてみたものの、公開はしてないので、ここににも載っけておきます。
その和訳と、西文で伝える能力がなかった部分(^^;)については補足で書き足します。

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Ayer fue un día muy especial para nosotros, los residentes en Hiroshima.
Antes de 10años más, era muy dificil de que Estados unidenses públicos visiten Hiroshima, aun para los embajadores.
Por eso, nos parecemos un milagro esta visita del presidente de EE.UU.
Aunque su estado fue muy corto, menos 1hora, sobre todo fue muuuy poquito tiempo para ver el museo memorial de la paz (le esperábamos verlo suficientemente) , aun así, le agradecemos mucho a Barak Obama por hacer todo lo posible ahora. (y también le agradecemos a la gente que esforzaba para realizar la visita, incluido a las victimas (muertas ya ahora) que habían escrito para invitar el presidente de EE.UU. )

Me interesa mucho cómo piensan las victimas supervivientes sobre esta visita.
Los programas de la tele o radio rocal y los periódicos trataron este tema.
Depende de personas, tendrán sentimientos complicados.
Pero por pasar muy largo tiempo, muchas victimas han superado el rencor por pensar que,
lo más importante es la paz, y para que no vuelva más tragedia horrorosa, no merecería la pena que apegue rencor.
Sin embargo, eso, qué duro su vida con inquietudes por el salud, sin familia!, qué duro quitar sentimiento de lencor! Yo lo imagino. Les admiro por que ellos vivían y viven con ánimo, sublimado sus pensamientos.

Como Presidente Obama ha dicho que no es facil de exterminar armas nucleares ahora, nosotros también pensamos larga distancia inimaginable. Tenemos un montón de problemas de las guerras o ejércitos por el mundo.
Pero yo recuerdo antes de 10 años cuando era increible de la visita del presidente de EE.UU. Ahora esa ya ha realizado. Entonces quiero tener esperanza al futuro.
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昨日は、わたしたち広島市民にとって、とても特別な日でした。
10年以上前には、公のアメリカ人が広島を訪問することは、大使でさえとても難しかったのです。
だから、アメリカ大統領の広島訪問は奇跡のように思えました。
彼の滞在はとても短く、1時間もありませんでしたが、特に資料館の時間はすっごく短かった(それは十分見てほしいと願ってた)。とはいえ、オバマ大統領には、今出来ることをしていただいてとても感謝しています。(そして、これを実現させるために努力してくれた方々にも。大統領に、来訪するよう手紙を書いた、もう亡くなった被爆者の方たちにも。)

この訪問について、被爆者の人たちが、どう思っているのかとても関心があります。
テレビやラジオ番組、新聞でこのテーマを取り上げていました。
人によって、それぞれ複雑な思いがあるようです。
でも、とても長い時間が経って、多くの被爆者が、「一番大事なのは平和だ。恐ろしい悲劇を繰り返さないためには、恨みに固執してもしょうがない」と考えることによって恨みを乗り越えました。
しかしながら、それはなんと健康不安のある、いるはずだった家族なしの、つらい人生だったか、恨みの感情を断ち切るのはなんと辛かったか、と想像します。
彼らが勇気を持って生きたこと、生きていること、思いを昇華したことは本当にすごいことだと思います。

オバマ大統領が言ったように、核兵器を廃絶するすることは容易でないです。わたしたちも、想像できないほどの長い道のりだと思います。世界の戦争や軍隊の問題は山ほどありますものね。
でも、10年前にはアメリカ大統領の訪問が信じられないことだったことを思い出すと、今はもうそれは実現しました。
だったら、未来に希望を持ちたいなと思います。

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わたしたちの世代では、アメリカに謝罪を求めたい人って、そんなにいないと思うんですが、NHKのアンケートでは、謝罪してほしいと回答した被爆者は14%とあったので、けしてゼロではないんですよね。謝罪を求めないという被爆者の方々も、求めないけど、それは求められてするものではないと思っているからであって、複雑な心情が消えたわけではないと思います。大多数の人が高齢者になって数も減りました。その間にアメリカでも、若い人たちの考えが以前と少し風向きが変わってきて、71年も経ってやっとこういうことが実現したんですよね。71年って長いけど、それでも、これが奇跡のように思えるほど難しいことをこなして実現したことだったのだから、本当に戦争の後に残るものは恐ろしく根深いなぁと思いました。

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花ズッキーニのフリット

‘花ズッキーニのフリット’ 今年はじめて作る機会がありました。
花ズッキーニ2016-1
Las flores fritas de calabacín, he metido queso, jamón y perejil picados. No es facil de encontrar las flores de calabacín en las tiendas, por lo tanto fue la primera vez de probar estas fritas. Fue muy rica!

そんなに非日常的な大きな出来事もないので、また台所の話になります。
5月に入り、3回ほど産直野菜販売店に行くと、めまぐるしく品が交代しているのがわかりました。いろいろな種類の野菜と出会えるのもこの時期ならではなので、何に出会えるか、けっこうたのしみに出かけていきます。
ここ2週は、ズッキーニの花と出会いました。店には、昨年まで、この時期にも行ったと思うのですが、ズッキーニの花ははじめて見かけました。たぶん、本当に、出回る時期が短いんだと思います。


‘その1週前につくったもの’ 
花ズッキーニ3

これは、その1週前につくった天ぷら(フリット)ですが、もっと実の部分が小さかったんですよね。今回(上の写真)は、けっこう実の部分も太くなってたので、成長したの?もしかしたら、同じ農家さんの、同じ畑のものなんじゃないかと思います。
実が小さいと、料理しているうちに首が折れてしまうことが多かったんですが、実が少し大きくなったら、その心配はしなくて済みました。小さいうちは、衣を首の部分に多くつけるとか、そっと扱うとか、工夫がいりそうです。


‘具を詰める’ 1回目
花ズッキーニ2
Al principio, habia metido champiñiónes picados y requesón. Pero fue un poco duro para meter. A la segunda vez, usé queso cremoso, perejil y jamón picado. Es mejor.

これも、そのときの準備の写真ですが、はじめ、マッシュルームと生ハムとカッテージチーズを混ぜたものを詰めました。でも、ぼろぼろこぼれやすくて、詰めるのはあまり簡単じゃなかったです。
これをふまえ、2回目は、クリームチーズに生ハムとパセリのみじん切りを加えて混ぜたものを詰めました。これだと、粘度があるので、詰めやすかったです。はじめ、ズッキーニの花を見たときは「肉でも詰めようか」と思ったけど、揚げ始めてみると、花にはわりとすぐ火が通るので、肉より、すぐ火が通りやすい具のほうがいいなと思いました。だから、チーズとか野菜は成功しやすくてよいと思います。
おいしかった。また食べたいけど、花をみつけられたら、なので、運しだいですな。

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日向夏の和風サラダ

‘日向夏の和風サラダ’ 今回は、レタスとミニトマトを使いました。
日向夏の和風サラダ
Ensalada de hyuga-natsu(una fruta citrica). Uso verduras muy japonesa.

これも、先日のバーベキューのときに、持っていったサラダです。
そのときは、クレソン、春菊、三葉、新玉ねぎ、うど、みょうが、二十日大根、油揚げ、で作りました。家では、油を使わないときもありますが、乾燥を防ぎたいのと、まんべんなく味が回るようにと、油をからめて味付けすることにしました。
日向夏って、もともと柚子が先祖であるミカンらしくて、そのせいなのか、香りも味も、あまり甘ったるくなくて、キリッとしてるところがあるなぁと思います。
それで、サラダにしても、ポテトサラダのミカンのような違和感はなくて、オカズとして食べられるように思います。
洋風の味付けでもおいしいのだろうけど、わたしはいつも和風にしてしまいます。なんだか、しょうゆと合うし、酢ですっぱくすると日向夏が少し甘く感じられるけど、謙虚な甘さというか。


‘かつおぶしも合う’ これは2009年に作ったもの
日向夏の和風サラダ2009

このときは、油は使わず、酢醤油でいただきました。まだ柚子胡椒は使ってなかったと思います。


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| クッキング mi cocina | 01:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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にんじんのマリネサラダ

‘人参のマリネサラダ’ 最近、キャロット・ラペってよく聞きますね。
人参のマリネサラダ2016
Ensalada de zanaoria rallada. Las zanaorias se comen mucho por esta receta. Están adobada en el vinagre con vino blanco. Creo que esta ensalada queda más popular, es que se ve fotos y recetas frecuentemente en las revistas o los libros de gastronomía.

先日、友人のバーベキューパーティーに招かれ、サラダ2種を持っていきました。にんじんのマリネサラダと、日向夏の和風サラダです。
その折、作り方を教えてくれというリクエストがあり、「うん、いいよ。」と安請け合いしたんですが、よく考えると、なにも計量せずにテキトーに作っていたため、記憶をたどると「切って、調味料を混ぜたものと和えて…」というような説明しかできないなー…と思いました。
そこで、にんじんのサラダの方を、もう一度、今度はちゃんと計量しながら作ってみることにしました。

ところで、最近の料理雑誌で、よく「キャロット・ラペ」という名前の人参のサラダが紹介されているように思いますが、たぶん、わたしが作ったのもそのようなものだと思います。でも、ラペってなんだよ。マリネサラダじゃないの?
調べてみると、「キャロット・ラペ(Carottes râpées)」は、どうもフランス語らしい。ラペは、すりおろす意味なのだとか。余談ですが、スペイン語だと、ラペ(rape)はアンコウで、すりおろしだと、ralladoです。
他にもマリネサラダはいろいろあるし、これだけをフランス風にキャロット・ラペと呼ぶのも、なんだかこそばゆいので、あえて人参のマリネサラダと呼ぶことにします。

でも、そう、すりおろすのね…全部、切ったわよ…orz
あ、でも、途中から、皮むき器も使ったので、あれもおろしたことになるのかな。

春にんじんは柔らかくておいしいし、野菜の酢漬けは、しっかり味が染み込むので、いいですよね。味がぼんやりしないから、サンドイッチの具とかにしても間違いなくおいしい。数日保存できるし。酢って、すばらしい。(うっかりダジャレになってしまった)

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| クッキング mi cocina | 18:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の陶芸

‘九谷土の飯椀’ ツバキは、好きなモチーフ
陶芸160503-1

陶芸160503-2


今回は、九谷土で作った飯椀が2つ、上がってきました。やっぱり、少し厚いですけどね。古代呉須で絵付けした、椿の模様のほうが、味があるように思います。ツバメは好きな模様なんですが、この白い地に、黒色は、ちょっとキツかったかな…。


‘九谷土の飯椀’ ツバメのモチーフも好きだけど、このバランスはあまり気に入ってない。
陶芸160503-3

陶芸160503-4


この春しばらく、飯椀ばかり作陶していたので、今回は、この完成したものの他に、3つ素焼きのものが出てきて、釉薬掛けをしました。それは、古陶土2つと、野呂土1つ(つまり陶土)なので、完成したら、暖かみのあるイメージになると思います。わら白釉に、鉄釉で絵を描いたけど、鉄が流れちゃうかな…あまり流れないといいんだけど。
あとは、前々回作った人形も、素焼きになったので、色を施しました。これは、ツヤが欲しくないので、色だけ塗って焼き締める予定です。作陶してる時には気づかなかったけど、ちっちゃい人形は、鼻をどうするか、迷いますね。そんなに鼻を高くしたつもりはなかったけど、今日、顔を描く時、「やけに鼻が大きいなぁ」と思いました。ぜんぜん鼻がないのも物足りないけど、小さくてかわいい鼻をつけるのは、けっこう痺れる作業です。
あと、殿方には冠がないと、けっこうサマにならないことが分かりました。おそらく、ひな人形の頭に飾りが必要なのは、姫よりもむしろ殿のほうだと思います、きっと。

本日の作陶メモ:
絵付けや釉薬掛けを複数やったほかには、はっさく土、陶版土、古陶(細)のブレンド(6:3:1くらい)で、脚付きの台座のような皿を一枚。厚いたたらづくりにして、底の方から削り、表面を下にしたまま、少し固くなるまで待つ。固くなったら裏返して、脚の間の空間に、手ぬぐいか新聞紙などを置いて、ダレてこないようにする。表面に、薄く色のある緩い粘土を塗り、丸刃のようなもので表面を筋状の模様に浅く削る。白と茶色の部分が模様のようになる。透明釉の予定。
さて、ダレずに焼けるでしょうか。もしかしたら、中央がヘコむかもしれません。

| 陶芸 ceramicas | 19:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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