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切り干し大根と簡単常備菜

‘切り干し大根と酢漬け’ 前の大根を酢漬けにした(後ろの瓶)
漬け汁は同じで、両方とも干し大根なのだが。
干し大根酢漬け2017
He preparado nabo japonés seco. Lo cocinaba con salsa de soja, pero he encontrado nueva receta muy sencilla. Sólo echamos nabos secos en el vinagre con sal y azúcar.

ここ数日、本格的な寒波がやってきました。つらいけど、切り干し大根づくりには最適な寒さですね。

先月のことです。とても大きな大根が手に入り、干し大根を作ることにしましたが、とても暖かく、雨も降りやすく、干し大根作りには向かない気候になってしまいました。
そこで気になるのがカビ。雨に当たらないように、こまめに家に取り込んでいたけれど、やっぱりなんとなく「出来ちゃったかなぁ」という色が出てきました。
もったいないので、干し上がりに、オーブンに入れて110℃で15分ほど加熱してみたら、菌の心配はしなくてよくなったけど、なんだかごぼうチップスみたいにきつね色のカリカリになっちゃって(上写真の右側手前)、「いよいよこれはダメかも」と思いました。

「次回作るときは、カビ防止に大根をさっと熱湯に通すか、焼酎にくぐらせるか。どっちがいいかな。」
そう思いながら正月明が明けました。(なんとも色気のない正月明けだ。)
正月料理をなるべく手抜きで作るために買ったミツカン「やさしいお酢」が、目の前にありました。(…これ、便利ですね。わたしはケチなので、ふだんは合わせ調味料はあまり使わないんだけど…拡張性が狭まるから。)
何となく思いついて、空き瓶にその酢を入れ、そこに、例の失敗の干し大根を入れ、時間を置いてみました。

うまい!
しかも、すごく簡単!容器に入れるだけ。やさしいお酢だけでいいし、またはせいぜい好みでみりんを足すくらい。

すっかり気を良くして、どうせならと、失敗してない白い干し大根でも作ってみました。
面白いことに、焼いてキツネ色になった干し大根と、ふつうに白くし上がった干し大根とでは、漬け汁の色も風味もまた違っていました。キツネ色のほうも、これはこれで、香ばしさがあってなかなかいい感じなのです。

先日、実家に帰って、母に白い方を渡しました。
わたしとしては、便利でおいしいものを大発見したようなつもりだったんですが、説明を聞くなり、彼女は
「ああ、おばあちゃんが作っとったよ。」
と言ったので、ちょっと驚きました。わたしは、祖母が作ったのを見たことも食べたこともありません。
「わたしは作らんけどね…。はりはり漬けじゃろ。」

これって、はりはり漬け?後で、ネットで検索してみると、はりはり漬けにもいろいろあるようで、一般的な物は、昆布なども加えて、醤油と酢と砂糖を合わせたものに漬けるみたいですね。
わたしの今回のは、やさしいお酢(≒酢と塩と砂糖(またはみりん))に漬けただけのものなので、そう呼ぶかどうかは知りません。でも、似たようなものを祖母が作っていたとはね。不思議な気分です。
料理とは呼べないほど簡単なので、ちょこちょこ作っておこうと思っています。箸休めによいと思いました。

| デザート保存食作り dulces etc. | 22:40 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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100分de名著を振り返って「苦海浄土」

‘この写真も本文となんの関係もないですが’ 若い緑が美しかった。
緑170109-2

前のログに引き続き、遅まきながら100分de名著を振り返ります。
苦海浄土(2016年9月放送)〔石牟礼道子著〕は、この番組で取り上げられるまで、その存在を知りませんでした。
だから、特に興味もなく、テキストも読まないで暇つぶしに番組を見たのが初めです。

のっけから、水俣病患者の心情を語った内容だったので、正直なところ、最初は心理的に遠くて、少しおっくうだな…と思いながら見はじめました。
ところが、番組内で紹介された、著者の短い文章が、ものすごく切なく美しくて、かつてこんなに胸を打たれる文章って、読んだことあったかな?と思うくらいで、ちょっとびっくりしました。
テキストの解説にもありましたが、「美し」は「かなし」とも読む。ということが、こんなに胸にストンと落ちるなんて。著者は、この著書を、ドキュメンタリーでも小説でもなく、詩だと思っている、と言ったそうですが、部分的に取り上げられた箇所だけ読んでも、そうなのかもしれないと思いました。

まだ、番組を見てテキストを読んだだけなのに、以下、まるで、著書を全部読んだかのようにいろいろ書いてしまうのが申し訳ないのだけど、テキストだけでもそれだけのインパクトがあったのは確かです。

言葉を伝える手段を失った水俣病患者の心情を、著者の感性を通じて紡いだ言葉は、少しだけ読んでも、ひとつひとつが重いだけでなく、心の芯にまで深く迫ってきて、患者とその家族のリアルな状況が理解できるのはもちろん、魂からのメッセージがすごいと思いました。(番組では、夏川結衣さんの朗読もすばらしかった)
テキスト解説で、「この本は、一度に読み終われないかもしれない。が、読み終われない本があってもいい。」という旨が書かれていましたが、詩だったら、短文でも、簡単に早く読み進められないものですよね。そういうことなのではないかな、と予想しています。

患者を巡る過酷な現実を描いている断片も、なんというか、涙でできた水晶や真珠がきらめくように美しくて、なにか尊いものを感じます。
水俣問題をめぐるニュースは、時々目にすることがあったけれど(終わってないので、これからも目にするでしょう)、日常に飛び込んでくるニュースだけでは、この本が描く世界のように見ることは、到底できませんでした。

この本には、フランクルの「夜と霧」と共通してる部分があるんじゃないかな…(と思ったら、テキストにもそう書いてありました)。
「夜と霧」はナチスの強制収容所でのお話なので、全然舞台は違っているけれども、巨大な政治的思惑から理不尽に虐げられた人々の話だということは同じです。どちらも、大変重く暗い題材を語っていながら、絶望の中に、バラ色の光、または涙を照らす光が差し込むような、圧倒的な美しさと温かさがあると思います。
「夜と霧」は、低迷している自分をとても勇気づけてくれた本でしたが、「苦海浄土」もまた、そういう匂いがすると思いました。どうして、こんな悲しい、理不尽に耐え忍ぶ人々のお話に、心温まったり、勇気づけられたりするんでしょうかね。
自分なりに答えを探してみました。

生きていると、しばしば理不尽なことに出会うもので、怒り、悲しみ、諦め、孤独を経験することになります。でも、お話の主たる人々は、自分の運命を悲しむでもなく、ましてや誰かを呪いもしないのです。苦しく悲しい中にも、移りゆく自然の美に感動できる感性を持っています。
きっと、そういうところがすばらしくて、勇気づけられるのではないかと思います。

原著を見かけたら、ぜひ読んでみたいです。

| 日記・つぶやき diario | 00:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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100分de名著を振り返って

‘タイトルとまるで関係ないです’ 花はヒメツルソバ
花170109-1


本そのものを読んでもいないのに読んだ気分になれる、100分de名著ですが、リアルタイムで番組を見なかったり、考えがまとめられなかったりで、なかなか感想を書けませんでした。そうしているうちに、どんどん忘れて頭からこぼれるので、2016年秋頃からの放送またはテキストを、今、残っている印象だけでも記録しておこうと思います。


○「永遠平和のために」カント ーーーーーーーーーーー
難しそうだし、ぜったいこの本読まないと思います。なので、テキストとテレビでわかった気分になろうと決めました。
この人のこと、高校の倫理の授業で少し習って以来?
でも、この放送を見て、ちょっとカントのイメージが変わりました。法、制度、経済のシステムを考えた人だったんですね。18世紀の人なのに、今に十分通用することを、あの時代にもう予測して考えていたとは。
印象的だったことを2つ挙げると

●人間の本性は邪悪である。しかし、邪悪でも、「道徳」で悪を抑止することはできる。
ただし、「道徳」とは良心の問題ではない。「普遍的なルールとしてあらゆる人の利益や都合を保証するために活用されるもの」だ。
 ……自分が持っている、道徳ということばの概念が、どうしても邪魔してきて混乱しました。強制的に、「道徳→例外抜きのシステムに置き換え」で、なんとか飲み込みました。

●恒久平和を維持するシステムとして「諸国家による平和のための連合」を構想する。
 なぜ、「世界統一国家」ではダメなのか。
 世界統一国家への統合は、異なる文化、価値観、言語という個別の事情を超えて、特定の強者の文化や価値観が一方的に物事を決定するという大きな抑圧を生みかねない危険性が必然的に生じるから。
 ……これ、どこかの独裁主義国の将とかテロリストとかに聞かせてやりたいと思いました。もう、18世紀にこう言ってますよって。
 わたしも、うんと若い頃には、物事のいざこざが全部解決する世界になればなぁとか、全てに白黒つけられないものかと思っていたこともありました。でも、今になって思うと、それこそがご都合主義というか、エゴっていうか。
 年を経て、今思っているのは、平和な状態を保つのはすごく難しいことで、国と国、人と人のせめぎ合いは、ずーーーーっとなんですよね。永遠に、ずーーーーーっと終わらない。沸騰した湯からわき上がる空気の玉みたいに、後からあとから湧いてくる小さいこれらを潰していく努力で、なんとか保たれているもの。これを、大きな権力で一時的に鎮めることができたとしても、たまったエネルギーはある日爆発し、思ってもみない規模で大きな傷を作ることになるんだろうと思います。
 だから、問題は多くても、小さなアブクと戦う「諸国家による平和のための連合」なんでしょうね。
 
○「苦海浄土」石牟礼道子 ーーーーーーーーーーー
ふつつかながら、これまで全然その存在を知らなかった本でした。なのに予想外にハマった放送でした。
2、3行で感想を書けなかったので、後日また書きます。
 
○「正法眼蔵」ーーーーーーーーーーー
宗教本は、これも絶対読まないので、この番組でわかりやすく解説してくれる宗教ものは、毎回楽しみにしています。知っておいたら、宗教が背後にある文化や芸術のことが理解しやすくなりそうだからです。
今回も楽しみにしていたのですが、しかし、これはちょっと入り込めませんでした。
おかしいな…「般若心経」「歎異抄」などは、とても面白かったのに。
私自身が忙しいモードだったのもあるかもしれないし、解説が合わなかったかも。解説者との相性は、けっこう大事だと思います。興味なかった本が、急に身近になったものもありましたから。

○「野生の思考」レヴィ・ストロース ーーーーーーーーーーー
ひと月遅れで、今、再生中。予想外におもしろそうだったので、テキストをまずは読んでみようと思います。中沢新一さんの解説は、いろいろインスピレーションを与えてくれそうです。


今月は、中原中也をやっています。解説はどうかな…少し頼りないかも。まあ、詩って、感覚的だしね。
また、遅れて追っかけますけど、中也に興味あるので、これも楽しみです。

| 日記・つぶやき diario | 23:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の陶芸

‘取り皿’ はっさく土にわら白釉、鉄釉で絵付け
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このくらいの大きさ…小さいよ
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今日は年初めの陶芸でした。
年末に絵付けした取り皿が上がってきました。まあまあです。鉄釉で絵付けしたけど、思ったより濃く出ませんでした。釉薬で絵付けするのは、絵の具よりむずかしく、すごく伸びにくいのですが、はじめてこのような細い線を引くことができたのが収穫かな。
流れやすい釉薬がベースだったので、一緒に流れてしまうかと思ったけど、案外残りました。


‘巫女天使’ つやなし
陶芸170109-3
Hice un MicoAngel sin lustre. Siempre me da paciencia para dibujar la cara, es que necesita trabajo fino. Esta vez, salió una cara de mayor edad que pensaba. ¿Es que me quedo mayor? jajaja.

巫女天使は、もう何作目か覚えてないんですが、たまに作ります。今回は、初めて釉薬なし、つやなしでやってみました。これも悪くないと思います。洋風の人形は、つやがあるのも多いので、これも、あってもいいような気もしますが。
作者が年齢を重ねたせいなのか、ちょっと、天使の年齢が上がってしまった気がするので、次回は、もう少し、幼い顔にしたいのと、髪の毛をもっとショートヘアにしてみようかと思います。ちょっと、おばさんヘアぽくなった。ごめん。(天使に謝る。)


陶芸170109-4

表情づくりは、鼻の位置が重要な気がします。これで、目の高さが決まってしまうから。次回、もう少し下にしたいです。

本日の作陶メモ:
九谷土でマグカップを3つ。時間がなくて、あまり詰められなかった。たくさん絵付けするつもりはないけど、素焼きの状態をよく見たいので、絵付け希望にしておきました。
手びねりで、はっさく土の小皿をひとつ。これは時間切れで、次回高台を削る予定。


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アスパラ菜のオイスターソース炒め

‘アスパラ菜のオイスターソース炒め’ 七草粥とともに
七草粥とアスパラ菜オイスターソース炒め
El 7 de enero es el día de las 7hierbas primaverales. Hay una costumbre de comer arroz brando con las 7hierbas. Arroz es tan blando como gachas...aunque no estoy segura.
Dicen que nos dan vida más aguantable y enérgica por comerlas, es que recibimos la vida de hierbas que aguantan frío. Comerlas significa poder mantener salud en este año.
Y esta costumbre es razonable por la utilidad fisica. Tenemos estómago cansado después de las fiestas del año nuevo, entonces tenemos ganas de comer algo más dijerible. En esta foto, está un plato de ostras y verdura salteada y sazonada con sala de ostra. Cero que salió buena combinación con arroz blando.

昨日は七草の日で、久しぶりにおかゆを炊きました。
おかゆに合わせるおかずは、ちょっと味が濃いものがよくて、中華なんかが合うなあ…あと、いろんないただきものを消化したいなぁというのもあり、上の画像の料理を作ってみました。
友人からいただいた牡蠣のオイル漬けは贅沢な一品でして、これをアスパラ菜と炒め、オイスターソースで味付けしました。牡蠣のうまみが効いていて、とてもおいしかったです。ごちそうさまでした。
あとは、これもいただきものの焼豚を切り、きゃらぶきの佃煮とたくあんも用意して、七草は満足でした。
今年1年、また健康に過ごせますように。

| クッキング mi cocina | 20:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ローストビーフ

‘ローストビーフ’
ローストビーフ201612
carne asada

けっこう簡単に作れるという話をきいていたので、チャンスがあればと思っていました。年末のスーパーも、クリスマスに向け、牛肉赤身やロースのかたまりを出していたので、特売を狙ってたのですけど、そういう日は、みんな狙ってるんですね。夕方にしか行けないわたしには、もう残ってませんでした。(TT)

それでも、次の日、なんとか見つけて、さっそく作ってみました。
いろいろやり方はあるみたいですが、今回はオーブンを使う方法で。
まあまあの出来になりました。ただ、切るのが意外に難しくて、それ用の長いナイフが欲しいなと思いました。厚く切ってしまったら、少し噛み切りにくくなってしまいました。なんか、刺身かよ。って画ですよね。薄造り!にしないと。

以下は、忘備録。

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| クッキング mi cocina | 13:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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南瓜のそぼろ煮

‘南瓜のそぼろ煮’ 昨年の冬至の食卓を今頃…(汗)
南瓜のそぼろ煮201612
Calabaza cocida, con carne picada, sazonada con salsa de soja


‘鶴首南瓜?’ よく調べないまま切っちゃった。40センチくらいありました。
つる首南瓜かな
Este calabaza fue menos feculenta que yo imaginaba. Me dio una sensación más impresionante al comer.

このかぼちゃは細長い品種で、初めて食べました。
たぶん、鶴首南瓜?果肉はネットリ系だったので、日本かぼちゃかな。
かぼちゃひとつをとっても、主要品種はどんどん変遷してるなと思います。わたしの幼少期は、まだ黒皮の菊型かぼちゃもよく売られていましたっけ。実家では、もうすこしホックリした灰色の皮のかぼちゃをよく食べていました(今の、雪化粧南瓜に近い色)。でも、気づけばホクホク系が人気種となり、えびす南瓜などが主流になって久しいですね。

すっかり、ホクホクに慣れてたけど、今回、このかぼちゃを使ってみて、煮含めるなら、こっちのほうがむしろ食べやすいかも。のどが乾かないし、調味料をよく吸収してくれるような気がします。それでいて、菊南瓜ほど水っぽくはなく、バランスの良い、なかなかクセになる食感でした。
問題は、あまり頻繁にお店で見かけないことだな。場末の八百屋で安値で買いましたが、ふだんは見かけないので、今後はJA直売店などで、注意して見てみようかなと思います。

| クッキング mi cocina | 12:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の陶芸

‘八朔土にわら白釉、空釉で絵付けの取り皿’
陶芸161224
Hice 3 tapas en el diciembre pasado. Esta vez fue la última clase del 2016. Quiero hacer obras mejores en este año!

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

新年の始まりには合わない話題で、今日の陶芸じゃなくて、昨年の陶芸となってしまったんですが、なにしろ記録する時間が取れなくて、正月休みでここに書いています。
昨年クリスマスイブが、最後の教室だったので、すべりこんで行ってきました。半分は、自作カレンダーを渡すのが目的だったようなもので、作陶する時間は、いつもより1時間以上少ない時間で切り上げるを得ませんでした。

さて、できあがってきたのは、八朔土(たぶん)に、わら白釉をかけ、空色の釉薬で模様を描いた取り皿です。出来は上々というわけではないけど、こういう取り皿は、友だちがうちに来たときに使えるので、いくつあってもいいです。ただ、作りたいモチベーションはそんなに大きくないので、「なに作ったらいいんだろ?」と、困ったときに作ることが多いですかね。
付き出し用の豆鉢なんかもそんな感じのときに作ります。これも、いくつあってもいいものだけど。
今回、思ったより色が白くならなかったので、次回は白釉でやってみるかな。または、もう、空の面積を主にするか。

本日の作陶メモ:
前回作陶した巫女天使に絵付け。今回は、つやなしで仕上げる予定。今回は時間も少なかったので、器作りはあきらめ、小さなひな人形を一組。おはぎくらいの大きさイメージです。これも、絵付け後は、焼き締める予定です。

今年は、食器ならもうちょっと完成度を上げて、 人形なら、顔を追求したいなと思います。

| 陶芸 ceramicas | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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