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今日の陶芸

“九谷土のマグカップ”
陶芸200321-3

陶芸200321-2
Hice 2 tazas para café. Dibujé la planta “nazuna“(Capsella bursa-pastoris) y mariposa pequeña. Se ven en los campos de primavera en Japón. Me alegro de que los tamaños y las formas salen casi iguales. Sin embargo, no imaginaba que salieran tan pequeñas así. Este barro se encoge mucho en el horno.

今回の陶芸では、年末に作陶した鉢と、1月に作陶したマグカップ2つが上がって来ました。すべて、九谷土、呉須絵の具(古代呉須=藍色)、透明釉の組み合わせです。

マグカップは、上へ細長く、を意識して作ったのですが、磁土は思ったより縮んでしまい、思ったほどの大きさにならなかった結果、あまり背が高くならず、これまで作ったマグカップとたいして変わらないサイズになってしまいました。
でも、わりと同じ形、そして容量にできたし、ちゃんと削れていて、あまり重くならなかったので、よしとします。
焼成中に、どこかから黒い破片がひとつ飛んで来たみたいで、カップのひとつに汚れがありました。それは残念だったけれど、よく見ないと見えない持ち手の下側だったし、持った時に、そう邪魔にならなかったので、家で使いたいと思います。
最近のわたしとしては、よい出来の方です。
モチーフは、前にも一度やったことがあるナズナの絵柄に、小さい蝶を飛ばしました。ナズナは気取らない可愛さがあって、そういう柄のほうが使いやすいかなと思って。


“九谷土の中鉢”
陶芸200321-4

陶芸200321-5
Tazón para ensalada. Dibujé Yadorigui (muérdago). Este motivo me gusta también.

この鉢は、ちょっと厚さにムラがあるんですが、今までからすれば、よく薄く作れた方なので、壊さずに絵付けしてみました。
上のカップと同じ方法で、ヤドリギを描いています。このモチーフも好きで、これまでにも描いたことがあります。
陶芸を始めた頃は、あれこれいろんなモチーフを描きたかったものですが、最近は何種類かに絞れてきたかな。
ちょこっと和え物、煮物を盛ろうかと思います。

本日の作陶メモ:
出来上がってきたマグカップがとても縮んだのだけど、どのくらいの量の九谷土で作陶したか、全然記録していませんでした。それで、また新たに2つ作りました。作陶後のポーションを見ると、もっと小さくなりそうです。でも、今回は重さは量ってから作ったので、今後の参考にはなるかも。
長細いほうが500g、太いほうが440gで作り、どちらも上に伸ばして、上から1センチほど切り取って仕上げました。焼きあがってから判断するけど、背が高いのを作るなら、もっと量が必要かもね。

| 陶芸 ceramicas | 13:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「For Gyumri」を聴いて

“満開のコブシ” モノクロにしてみました
2020春、コブシmono

前ログの続きです。
前回、Tigran Hamasyanのアルバム「An Ancient observer」について感想を書きました。
今回は、ミニアルバム「For Gyumri」について。

5曲、25分くらいしかないアルバムですが、はじめに「絶対買おう」と思ったのは、このアルバムでした。
少ない曲数でも、ひとつひとつがなんとも言えず、すばらしかったです。
これもピアノソロで、効果として本人の声または他人のコーラスが入っているところは、「An Ancient observer」と共通します。
アルバムの流れの世界感でいえば、「An Ancient observer」のほうがスケールが大きくてよいと思うのですが、「For Gyumri」は、自分の内面を見つめるような、深さとメランコリックな郷愁、さみしさ、というか、そういうものがありますね。聴きながら、幼年時代の風景とか、とにかく、「もう失ってしまったもの」のイメージがわいてきます。

そしたら、本人インタビューをweb上で見かけると、やっぱり、本人にとっても、そういうイメージだったみたいですね。
Gyumriは、幼年時代を過ごした生まれ故郷で、今はもう、街にそのころの面影はあまりなくなっているのだそうです。
まさしく、もう頭の中だけになってしまったものを奏でていて、それが、聴いている者にほんとうに「自分のこと」として変換され、自分の感性の中に入ってくるのは、面白いです。


5曲、どれもいいんですが、説明すると
1 Aragatz
  おそらく、アルメニアのアラガツ山のことだと思う。
  男性コーラスが効果的。寂しくて優しい、といってもわからないかも
  だけど、わたしならこれをウイスキーかブランデーのCMに起用したい。
  「○○○、15年。」とか言ってみたい。

2 Rays of Light
  ふわっとしたピアノが、キラキラする陽光のようなイメージ。
  雲間から漏れる太陽の光は、水面に反射して、過去の風景を
  一瞬よみがらせる。
  そういうイメージで、ぜひ、ショートムービーを作ってみたい。
  おそらく流れる雲、太陽の光、揺れる麦穂、佇む人をモノトーンで
  スロー気味に撮れば、この曲がいい作品にしてくれると思う。
  音楽が意味付けをしてくれる。そのくらい、大きな力を持っている。

3 The American
  演奏の途中で口笛がいい感じで入ってきて、これは風来坊、ボヘミアンな
  人物が風のように登場したのかもしれない。それが、街にやってきた
  The Americanなのか。きっと魅力的な人物だね。

5 クラシックっぽい。ストラビンスキーとかの。でも、流れを変える時、
  気づけばジャズのコードで変わっていく。いい曲。

それにしても、つくづく、自分は「さみしくてやさしい。時々激しい」っていう音楽に弱いなぁ、と思います。


Rays of Light
わたしの腕でもショートムービーが作れるんじゃないかという
錯覚を覚えるほど、この曲の持つイメージは雄弁だと思う。

| 音楽 musica | 00:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Tigran Hamasyanのピアノ

“ソロピアノのアルバム2枚”
tigran2cd20200315
Encontré una artista que tiene tremendo talento!

ここ数年、気づけば、美術より音楽の方を求めてるのかな。
美術館に行きたい気持ちがあまりなくなり、それは始めは行きたい企画展がなかったからかもしれないけど、そのうちどんどん行かなくなってしまっています。
情報が心に響かないとでもいいますか。「感性はもう死んだのかな」と不安になります。
その代わりと言ってはなんですが、家で聴くばかりではあるけども、音楽は、心揺さぶられることはけっこうあります。

幾人か好きなアーティストはいるものの、「ファンだから無条件で」という理由ではアルバムを買いません。少なくとも何曲か試聴してみます。
テリトリー外のアーティストでも、たまたま1曲気に入ったのを見つけたら、それだけを手に入れたりします。
なので、「この人のアルバム全部持ってる」というような、コレクションになることはほとんどない。アーティストにとっては、わたしは嫌なタイプのリスナーかも。


1月ごろTigran Hamasyan(ティグラン・ハマシアン)というアルメニアのジャズピアニストを知ってから、Youtubeで数曲、手当たり次第、ポチっとやって聴いてみました。
久々に、「出会った」と思いました。ポチっと押すたび、良い意味で前のと違う、おもしろいものが出てくる。こんなアーティストがいたんですね。

それで、自分にしては珍しく、同じアーティストのアルバム3枚を一度に買いました。
「An Ancient Observer」
「For Gyumri」
「Shadow Theater」


3枚とも感想を書こうと思いますが、まずは1枚目。

アルバム「An Ancient Observer」太古の観察者
すごく、いいです。ジャズピアノなんだけど、ものすごいいろんなものがミックスされている感じ。東欧の民族音楽っぽいと思う部分があったり、クラシックっぽい要素がすごくある。パット・メセニーのフュージョンっぽいアメリカっぽさも感じる。説明し難い。
色々なものが混ざると、「ごった煮」のように、野暮ったくなりがちと思いますが、でも、掬いとるところと捨てるところのコントロールが絶妙だと思います。絶妙なバランスなのです。
生まれ故郷のアルメニアの音楽も取り入れているとかで、でも、アルメニアってどこ?って地図を見ると、トルコとアゼルバイジャンに挟まれた小さな国で、南にはイラン、北はジョージアという、絶妙な位置にありました。それを見ると、ああ、このブレンド具合は、そういう地理もすごくあるんだなぁと思いました。
例えるなら、アメリカンな、東欧な、中東なスパイスティーって感じですかね。これは友達とワイワイじゃなくて、独りの時間を楽しむときがお勧め。

気に入ったのは
The Cave of Rebirth
Nairian Odyssey
Ancient Observer


この人の特性として、ピアノソロでも、自分の声や、コーラスを入れてきます。それが、すごく叙情的な効果を生み出していると思います。
特に、Nairian Odyssey は、11分を超える長曲なんですが、5:29あたりからのフレーズとその後激しく跳ねるところが、カッコよくて気に入っています。
最後のAncient Observerも、トリを飾るにふさわしい、時間の悠久を感じさせるようなイメージがあって、カッコいいです。

“Ancient Observer”


久々に、ライブ行きたい!と思わせてくれた人でした。(今、世界的に行けないけどね)
あと2枚についても、また書きたいと思います。

| 音楽 musica | 23:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春を感じに行く

“今年も、私的季節行事” 1年ぶりの黄水仙たち。
水仙20200308
Fui a la orilla de la rio Furukawa para recoger tskushis (es una hierba que se come). Me gusta esta actividad, es que puedo sentir primavera. Encuentro no sólo tsukushi, sino narcisos, o otras flores también.


今週末は、コロナの影響で、とうとう語学教室もお休みとなり、時間ができました。でも、先週のトイレットペーパー騒動は、少し治まってきています。ふつうに買えましたから。

今週末やったこと
・産直市で柑橘を買い、自家製のぽん酢作り(ダイダイで)
・同じく、マーマレード作り(甘夏と、ちょっとだけネーブル)
・つくしを摘みに行く
・手作りマスクの材料を買って、布を一度洗う
・音楽を聴く


木蓮の花が咲き始めたので、今年もまた恒例の、私的行事、つくし摘みです。
せいぜい30分もあれば、満足な量を得られるので、行事と言えるかどうかの、ちいさなことですが、これをやらないと春と言えないくらい、毎年やらないと気が済みません。
特につくしが大好物というわけではなく、自然に触れて、なにか春めいたものを摘む、ということが良いんですよね。
フィンランドだと、ベリーやきのこを摘みに、勝手に森に入れるとか。うらやましいな。集団で行くのではなく、ひとりで出かけるのだそうです。穴場を知られたくないっていうのもあるんだろうけど、これってやっぱり、ひとり、自分と向き合う時間なんですよね。ヴァルトアインザームカイト。何度も生まれ変わるんなら、フィンランドに一度生まれてみたいです。

“つくしの始末” これがあるから、欲張って採りすぎるのも良くない。
つくし2020-1
Tsukushi es una hierba primaveral.

“つくしと切り昆布の煮物”
つくし2020-2
Tsukushi cocido


| 日記・つぶやき diario | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今週末のデマとリアル

“花屋のミモザ”
ミモザ2019
A pesar de que hay cantidad suficiente de papel higiénico en los fabricantes, están desaparecidos en las tiendas. Es que corren rumores falsos en Japón. Al principio, queda falta máscaras para defenderse contra contagio por COVID-19 (pero, veo que las máscaras no tendrán muchos efectos para defender de la enfermedad). Y alguién tiene una duda que, los productos de papel faltarán tembién? Y Escribe en el SNS “los rollos de papeles higiénico y compresa faltarán pronto“. Entonces, la gente loca corre a las tiendas y compra mucha cantidad. En fin, resultó que el rumor realizó, aunque los ingredientes son diferente y los fabricantes tienen suficiente. Es increible. Pero no puedo comprar una paquete efectivamente ahora.


先週、マスクの話をしましたが、お店にないのは相変わらずだし、ニュースで検疫官が感染したって話など聞くにつけても、マスクに防疫効果はないってことは、ほんとにそうなんだろうな、という感想になったので、「もういいや」という境地にいます。人の集まるところに行かなければいいんだし。

でも、今度はトイレットペーパーやティシュー、生理用品が品薄になるとは思ってもみませんでした。(マスクと原材料が同じで、海外輸入だからというデマだったんだけど、本当は原材料は違うし、国産だし)

たしか金曜日に報道された内容では、買い占めが起きているけど、在庫は潤沢なのだから、それはやめてほしい、という内容でした。
折しもその日、わたしは下痢をしてしまい、トイレットペーパーの補充はしておきたいと思っていました。それで、仕事帰りにドラッグストアに寄ろうかな…と思ったのですが、大変気分がすぐれなかったものだから、スルーしてしまったのでした。
土曜日は休養していて、夕方、近所のドラッグストア、大手スーパーに行って見たら、まだ、陽性反応者がみつかっていないこんな所でも、ガラガラの売り場を見ることになろうとは。

なんか、もう呆れてしまって。狂ってるやつ、多いんだなと。
マスクパトロール&トイレットペーパーパトロール(買い占めのために、各店舗を巡回する行為)してるやつは死ねばいい。っていう書き込みをどこかで見たんですけど、一瞬、ほぼ同じことを思いました。

思うに、マスコミにも罪があって、そんな話題、ローカルだけにしてほしかったですよね。一瞬にして全国に広がり、全国でそんなことになる。いくら「潤沢にあるから、買い占めないように。」と言ったって、ガラガラの売り場が映像で映し出されているのを見ては、人間はその言葉を信じないんだなと思いました。
ダチョウ倶楽部の、「押すな、押すな → 押せ」みたいな報道じゃないですかね。
その映像を見て、買い漁る一部の人間がいて、その後、品薄の棚を実際に見た人が、さらに手を伸ばす。
やっぱり、近所の「ない現場」は、そっちのほうが、ニュースより、すごくリアルなんですね。
おそらく、そこに山積みになってたら、おそらく人は買わないで帰ると思います。実際、缶詰や手洗いソープなどはまだまだお店にあり、わたしはそれを見て、安心して買わないで帰ったから。

トイレットペーパー、ティシュー類は、「国民生活安定緊急措置法」に関わる特定品目で、高額転売は法律に抵触する恐れがある、という記事を読んで、それなら熱狂がすぐ収まるような気がしましたが、あれはオイルショック時の緊急措置で、今は特定品目から外れているという指摘もあるみたい。
それなら、こういう保健衛生に関わる必需品について、新たに転売防止の法律を早く定めたほうがいいんじゃないでしょうかね。
今回の騒動は、今後、いろいろな改善策を挙げる機会になるなぁと思ってますけど、とにかく、家のがなくなる前にトイレットペーパーを、ふつうに売ってほしいです。

| 日記・つぶやき diario | 15:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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